2023年のまとめ

2023. 12. 18

ロバート・コステロ / 事業成長責任者

今年の2月にスタートした「Eat Takeaway」シリーズは、制作者である私たちにも大きな学びの機会となっています。ラグジュアリーホテル、美容、食品、建築など、わずか1年足らずで多彩な業界のリーダーから数々の英知が得られました。ご協力いただいた皆様に、あらためて感謝いたします。

シリーズも第10回に到達したところで、これまでの議論を振り返ってみます。新しい年の挑戦に向けて、私たちは何に注力すべきなのでしょう。異業種のリーダーたちに共通の課題は見いだせるのでしょうか。インタビューをあらためて読み直すと、大きく4つの重要なテーマが浮かび上がってきます。

デジタル偏重を脱し、リアルな体験でもブランド強化

デジタル情報が日常生活に浸透すると、企業はノイズだらけのデジタル空間で注目を浴びるために終わりなき競争を強いられます。オンライン上で、真に説得力のある魅力的な体験はどこまで実現できるのでしょうか。デジタルが新しい顧客や市場とつながる近道であることは事実。でもデジタル世界での成功が、究極の目的だと考えるのは早計です。リアル世界での体験や個人的な交流も、ブランドへのロイヤリティを高める基本。リピート購入を促し、顧客にブランドの魅力を語らせ、ブランドへの支持を着実に広める強力な手段なのです。

人々はますます積極的に店舗に足を運び、特別なブランド体験を求めています。

化粧品大手のロレアルで、グローバルラグジュアリーリテール部門のカスタマー体験ディレクターを務めるセドリック・ウェスナー氏は次のように語っています。

「バーチャルの世界が進化したからといって、現実世界が置き去りにされる訳でもありません。人々はあくまでつながりを求め、思い出に残るリアルな感覚で物事を理解し、自分だけの体験を創造したいと願っています。だからこそ私たちはビューティーアドバイザーを育て、顧客中心主義に基づいた接客スキルを高め、パーソナライゼーションを重視します。商品や金銭の取引より、人間同士の関係や体験がよほど重要。人々はますます積極的に店舗に足を運び、特別なブランド体験を求めています」​

日本進出から50年以上が経過したプレミアムチョコレートのゴディバも、デジタルの販路を大幅に拡大してきました。お客様が望む商品を即座に提示できるのはデジタル情報の利点。でもそれによって、対面での販売が軽んじられる訳でもありません。ゴディバ ジャパン株式会社のCEOを務めるジェローム・シュシャン氏は、次のように語っています。

「ゴディバは今でも対面コミュニケーションによる人間同士の交流を重視しています。お客様にとって、ブランドを最も深く体験できる場所は小売店。一方のオンライン販売で重視するのは利便性です」

賃料の高騰、来店者の減少、競争の激化など、さまざまな理由で世界中のブランドが実店舗から撤退しています。デジタルのタッチポイントは、コストとリスクを抑えながら顧客にリーチし、効果的な売上向上にもつながる便利な存在。しかし実店舗での体験はブランドへの親しみを育て、本来の魅力を正しく評価してもらえる強力な方法です。デジタル偏重をリセットして、両者のバランスを見直す時期が来ています。

優秀な人材の獲得は、長期的な成功に不可欠

止まらないインフレ、生活費の切迫、戦争や政治不安などのグローバルな問題が原因となり、従業員を大量に解雇する大企業が続出しています。大企業のAmazonやMeta、さらには全米4大会計事務所も人員整理に乗り出しました。雇用者と従業員の力関係が変化し、企業が優秀な人材を獲得しやすい買い手市場になったと考える向きもあります。

しかし一流のブランドリーダーたちは、まったく違う考えを持っているようです。業界に情熱を持ち、卓越した能力と専門性をもたらしてくれる人材は依然として貴重な存在。ロンドンとイスタンブールに新施設をオープンしたばかりのペニンシュラホテルで、ブランドマーケティング&コミュニケーション部門の次長を務めるカーソン・グローバー氏は次のように語っています。

「ザ・ペニンシュラのようなホテルで期待されるサービス水準を理解し、それを提供できる経験豊富な人材の獲得が最優先事項です」

人材獲得競争は、激しさを増しています。これまでのような5キロ圏内の企業との競争だけでなく、在宅勤務が広がるとリモートワークを提供できる世界中の企業との競争になるからです。

世界最大級の自動車メーカーであるダイムラー・トラック・アジア(DTA)は、2030年までに電気自動車とコネクテッドカーへの移行を加速させます。製品・広報・グローバルマーケティング部門部長を務めるシャーリン・エデ氏も、リクルーティングの課題について明確に語っています。

「人材獲得競争は、激しさを増しています。これまでのような5キロ圏内の企業との競争だけでなく、在宅勤務が広がるとリモートワークを提供できる世界中の企業との競争になるからです。ダイムラー・トラック・アジアは、国籍に関係なく、すべての人がキャリアを築くチャンスをつかめるダイバーシティを重んじています」

雇われる人々も慎重になっています。自分の価値観に合致し、成長への明確な道筋を示してくれる企業でなければ選んでもらえません。企業側が決めた給与額を受け入れてくれる保証はなく、最終的には優秀な被用者の合意に委ねられます。企業は組織の目的を明確に定め、従業員の力で実現した成果を発信する必要があります。それができれば、企業の革新や商業的な成功はもとより、さらに優秀な人材が獲得できるようになるでしょう。

サステナビリティをめぐる動きが加速中

アラブ首長国連邦で開催された国連気候変動会議が閉幕。炭素排出量の削減と地球温暖化の抑止に向け、今年も一進一退の状況が続きました。世界中で観測史上初めての暑さが記録され、脱炭素の技術獲得に各国がしのぎを削っています。英国のような大国が、気候変動に関する公約を反故にする懸念も高まりました。その一方で、国連気候変動会議はやっと明確に脱化石燃料への移行を呼びかけました。

サステナブルな未来へ向かう機運は、企業のリーダーたちにも高まっています。排出量を削減して気候変動に取り込む前向きな姿勢が、社内外のコミュニケーション戦略にも直接結びつくようになりました。

日本の食卓にハーブとスパイスを届けてきたエスビー食品も、気候変動の具体的な影響について真剣に考え続けています。マーケティング企画室でプロダクトマネージャーを務める森川陽介氏は次のように語りました。

「環境の変化や気象異常によって、スパイスがひとつ欠けてもカレー粉は生産できません。美味しくて、ヘルシーで、安全な食文化を世界に発信し、世界中の生産者たちと手を組みながら、サステナブルな事業を通じて地球との共生に取り組んでいきます」

サンゴバン・ディストリビューション・スウェーデンでサステナビリティ責任者を務めるハンナ・ハリン氏も、環境問題がさらに注目されるように努力を続けています。

「建設部門のサステナビリティが注目されてこなかったのは、バリューチェーンが複雑で、環境保護の意識や説明責任も低かったから。エンドユーザーの消費者からも、厳しい質問は飛んできませんでした」

同社はスウェーデンにおける持続可能な建設を主導しています。膨大な製品ポートフォリオを支えるサプライヤーがサステナブルに進化できる道を探り、二酸化炭素を排出しない建築プロジェクトの実現に向けて革新的な製品ソリューションを販売する決意です。

社会や環境に配慮しながら植物中心の食生活を推進する事業方針も掲げています。

サステナブルなブランドであること自体が、さまざまな企業の重要な目的になっています。北極星のように揺るぎない方向性を示し、経営陣の意思決定が妥当だったのかを常に検証することで社会的責任も果たせます。香港で80年の歴史を持つ大豆飲料ブランドのビタソイも、そんな一歩を踏み出した企業のひとつ。サステナビリティ部長のシメオン・チェン氏は次のように語っています。

「この2年間、グループ内のマーケティングチームや人事チームと一緒に、植物中心の食生活を追求してきました。製品のほとんどが植物由来で、社会や環境に配慮しながら植物中心の食生活を推進する事業方針も掲げています」

次の課題は、組織の隅々までサステナビリティ重視の方針を根付かせること。従業員にも企業のサステナビリティ目標に関与させ、その成果を認めて励ますことで前向きな動きが加速されます。


日本市場は再びチャンスの宝庫に

日本経済の新たな夜明けが期待されています。株価指数が史上最高値を記録し、海外からの旅行者数はコロナ禍以前の水準に回復。ホテル施設への投資が10年ぶりに急増するなど、日本市場には好景気の到来を予感させる事象が増えてきました。しかしその一方で、自動車輸出台数を中国に抜かれ、ドイツのGDPを下回る凋落ぶりも懸念材料。膨大な政府債務と高齢化社会は動かしようがなく、産業界全体にリスク回避のムードが蔓延しているため長期的発展には課題も山積みです。

それでも世界の有力企業には、日本の現況をチャンスと捉えるリーダーたちも少なくありません。人口動態の変化が、新しいテクノロジーやシステムの導入を後押しする期待もあります。革新的な変化を1億2,500万人の消費者に及ぼせるなら、とてつもない可能性を秘めた市場でもあるのです。フレッシュ・フルーツ・カンパニー・オブ・ニュージーランド(Freshco)の日本カントリーマネージャーを務めるジェシカ・ティッシュ氏も、そのような変化に期待しています。

「ニュージーランドの農林水産業は非常に活発で、より効率的な生産方法を生み出すために投資を継続しています。このような新しいテクノロジーやベストプラクティスを日本に導入すれば、イノベーションが起こるはず。労働力の高齢化が進む日本では、食料を国内生産だけで賄うことが難しくなってきます。こうした日本の農林水産業の課題解決に向けて、お手伝いできる余地はたくさんあります」

停滞しているように見えても、突然急激な進化を遂げるのが日本の特徴。

電気自動車のように遅れをとっている分野でも、やがて大きな変化が現れると考えるのはシャーリーン・エデ氏(ダイムラー・トラック・アジア)です。

「停滞しているように見えても、突然急激な進化を遂げるのが日本の特徴。全国に普及しているハイブリッド車も、15年前は全く見かけませんでした。プリウスは何度もモデルチェンジを繰り返していますが、一気に普及したのは3〜4代目のモデルからです」

日本市場で成功する海外企業は、ある程度の忍耐が必要になります。どうしても成果を2年未満に上げたいのなら、最初から参入しないほうが得策でしょう。早期からステークホルダー(輸入業者、流通業者、小売業者など)と関係を構築し、日本の消費者に向けて説得力のあるストーリーを語るのは時間がかかる作業。しかし長期的な視野でブランドをローカライズする覚悟さえあれば、日本市場にはチャンスが眠っています。ピンチだからこそ、成長の可能性も大きいのです。