市場の変化を成長の力に
森川陽介氏 エスビー食品プロダクトマネージャー
ブランド、マーケティング、クリエイティブ関連のリーダーに、さまざまな課題解決のヒントをうかがう「Eat Takeaway」シリーズ。インタビューから得られた学びを「Takeaway」として読者のみなさまにお持ち帰りいただきます。
今回のゲストは、創業百年を迎えたエスビー食品のマーケティング企画室でプロダクトマネージャーを務める森川陽介氏。スパイスとハーブで日本の食卓を豊かにしてきた食品メーカーとして、エスビー食品が取り組む消費者ニーズへの対応や商品企画のアプローチについてうかがいました。
(インタビュー:遠藤建/コンテンツディレクター)
エスビー食品は、どんな会社ですか?
日本にスパイスとハーブを広めるリーディングカンパニーです。国内メーカーとして初めて純国産カレー粉の製造に成功した後、コショウやわさびなどの香辛料を中心に、さまざまな調味料やインスタントフードなども幅広くお客さまに届けてきました。もうひとつの役割は、輸入販売代理店として世界の食文化を日本に普及させること。フランスのFAUCHONやMAILLE、世界で初めてオイスターソースを発明した香港の李錦記など、世界一流の味を日本市場にお届けしています。
現在のお仕事は?
マーケティングにおけるコンセプト立案です。休日もスーパーマーケットを訪ねたりして、オンとオフの境目が曖昧になるのはマーケッターの宿命。生活者としてさまざまな日常を経験し、そこから得られる小さな気づきを大切にしています。チームでも多様な問題意識を持ってお客様の課題やニーズを探り、仮説や調査を踏まえながら新商品の立ち上げや既存商品のリニューアルを企画します。
オンとオフの境目が曖昧になるのはマーケッターの宿命。
新商品開発で重視していることは?
人口動態や社会情勢などの定点観測を継続しながら、当社のコアコンピタンスであるスパイス&ハーブの強みを活かし、他社にないベネフィットを提供できる商品の開発に力を入れています。カレーであっても中華であっても、お客様がエスビー食品に魅力を感じてくれるのはスパイスを軸にした商品。自社商品のポジショニングを理解し、他社ブランドの分析も加えながら差別化を図ります。お客さまの期待に応えようとするアプローチのなかで、おのずと商品展開の範囲や方向性が定められていきます。
新しいコンセプトで成功する秘訣は?
マスマーケティングの時代に比べて、現在はかなり細分化された消費者のニーズが認識できるようになりました。そのようなニーズの中には必ず未解決の課題があり、まだリーチできていないターゲットがいます。最近の具体的な事例は「赤缶カレーパウダールウ」。かつて1960年代に売り出されたカレールウは、3世代の家族が大鍋でお腹いっぱいになれる12皿分のパッケージが主流でした。
しかし世帯構成が変化するにつれ、カレールウ市場は長期的な縮小の流れに入ります。離脱していくお客様は、主に子育てが終わった50〜60代の熟年層。彼らの不満や食生活などを分析するなかで、小麦が不使用で油脂も減らした赤缶カレーパウダールウに行き着きました。胃にもたれず、2皿分のパックを基準にした次世代のカレールウ。将来的には即席カレーの主役を担うべく普及に務めています。
英国で日本風カレーといえばカツカレー。
海外へ事業を展開する計画は?
今後20年に向けて売上を拡大するため、これから海外各地に拠点を開設して現地密着型の営業にシフトする予定です。海外市場で面白いのは、英国で日本風カレーといえばカツカレーが人気だったり、米国で「食べるラー油」が寿司ロールのトッピングに使われたりすること。このように私たちがまったく想定していない食文化の受け入れ方も理解しながら、日本市場で戦ってきたノウハウを活かして市場を開拓していきたいと考えています。現地の営業部から生の声を聞いて既存商品を変革し、海外専用の商品を開発することも視野に入れています。
日本の食事が多国籍化するたび、いつも新しいスパイスとハーブとの出会いがありました。
この百年で、日本人の食習慣や味の嗜好はどのように変遷してきましたか?
外国の食文化が、さまざまな形で日本に浸透してきました。例えば1970年の大阪万博をきっかけに、イタリアンやフレンチをベースにしたファミレスチエーンが急増。その後もバブル期のイタ飯ブームや、近年のエスニック人気もあって日本の食事は多国籍化しています。このような変化のたびに、いつも新しいスパイスとハーブとの出会いがありました。
胡椒を日本の食卓に普及させるため、エスビー食品は日本人の嗜好にあわせて黒胡椒と白胡椒をブレンド。当社の造語であるカタカナ表記の「コショー」表記で売り出しました。この商品のヒットが、便利な「味付塩こしょう」などの人気商品につながっています。またかつては敬遠されがちだったニンニクも「ガーリック」と呼び替え、キッチンカーのイベントなどで普及活動に成功しました。
看板商品の「赤缶カレー」を1950年に発売し、カレーライスを国民食にまで押し上げる土台を築きました。スパイスとハーブの普及によって、日本の食文化は豊かに発展してきたといえるでしょう。
スパイスやハーブにはまだ明らかになっていない健康機能があり、天産物なので持続性も重要です。
次の百年に向けた目標は?
日本におけるスパイス&ハーブのリーディングカンパニーとして、高度な加工技術や付加価値をアピールすることで世界のライバルと差別化を図っていきます。スパイスやハーブにはまだ明らかになっていない健康機能があり、天産物なので持続性も重要。環境の変化や気象異常によって、スパイスがひとつ欠けてもカレー粉は生産できません。
次の百年も、人々の健康で幸せな生活に貢献するのが私たちの目標。美味しくて、ヘルシーで、安全な食文化を世界に発信し、世界中の生産者たちと手を組みながら、サステナブルな事業を通じて地球との共生に取り組んでいきます。
Eat Take-Away
生活者として考える。
どんなに素晴らしい商品を用意しても、消費者のニーズに合致しなければ成功は望めません。新しい商品を普及させるには、生活者の日常から世界を眺める習慣が不可欠。人口動態、社会情勢、市場調査などを踏まえながら、ふとした小さな気付きをアイデアの源泉にします。
独自の工夫で現地化する。
あまり使われていないスパイスは、消費者の嗜好や習慣に組み込みやすい形で提案します。黒胡椒と白胡椒をブレンドした「コショー」や、粉末状で使いやすい「ガーリック」は、それまでの先入観を変えて新しい価値を提案できた例。ちょっとした新しさを好む消費者が、既存の食習慣に受け入れやすい形で定番化しました。
離れた顧客から課題を学ぶ。
縮小していく市場をただ諦めるのではなく、かつての顧客層の不満を分析することで未解決の課題が見いだせます。熟年層に好まれるヘルシーなカレールウは、やがて他の顧客層にも支持されて広く普及するかもしれません。細分化されたニーズからニッチな課題を見つけ、新商品の開発や市場創出のチャンスにしましょう。
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