2025年のまとめ
振り返ってみれば、たくさんの変化に翻弄された2025年。一言で表現するなら、「混乱の年」と呼ぶのが相応しいのかもしれません。しかしここでは、そんな混乱を乗り越えた「決断」に注目しましょう。インタビュー企画「Eat Takeaway」では、今年もさまざまな立場のリーダーたちがリアルな課題と解決策を語ってくれました。エネルギー、テクノロジー、消費財、海運、酒類、ホスピタリティなど、専門分野も多岐にわたります。
今年をあえて「決断の年」と総括したい理由は、大きな決断と自己変革によって成果を上げた企業が多いから。変わりゆく世界をただ傍観し、分析しているだけでは生き残れません。旧来のシステムを刷新したり、グローバル戦略を現地市場で調整したり、信頼を根底から立て直したり。野心的な戦略を実行に移した企業だけが、不透明な未来にも希望の光を灯します。チャレンジから得られた成果や教訓は、世界中のビジネスパーソンに有益な情報です。
今年のさまざまな対話を振り返ると、共通のテーマが浮かび上がりました。それぞれのテーマから、来年以降のブランディング、マーケティング、リーダーシップに役立つヒントをお探しください。
ビジネスにおける最重要資産は信頼
さまざまな業界のリーダーたちが、あらためて「信頼」を語っています。ブランドの知名度ではなく、企業の行動を通じて醸成される「資産としての信頼」が共通のテーマになりました。
テクノロジー、通信、海運などのさまざまな業界で、リーダーたちが信頼構築の重要性を説明しました。顧客ロイヤリティの獲得と維持、新規市場での成功、組織の改革といった目標は、企業の信頼が高いほど達成されやすくなります。Googleカスタマーソリューションズのネリー・チャン氏が指摘するように、信頼の構築はプロジェクトの開始よりもはるか以前から着手しなければなりません。潜在顧客のスキルアップ支援、ガイダンス、技術提供などを通して、長期的な信頼関係が構築されます。事業を始めてから、徐々に信頼を積み上げようと考えても遅いのです。
中国テック業界の最前線を知るアダム・ナージュバーグ氏によれば、信頼と透明性は不可分の関係にあります。情報を隠蔽し、関与から逃げ、問題をやり過ごそうとする企業は、みずからの発言を信じてもらえなくなります。これは自分の力で信頼を獲得できず、つねに外部の影響で信頼性が左右される状態です。あらゆる事態を想定して情報を発信し、文化的な配慮を怠らず、新規市場での関係構築に早期から投資することが、国境を越えて事業を展開するブランドの命運を握ります。
「市場参入でもっとも重要なのは、初期からの信頼構築。」アダム・ナージュバーグ グローバル・コミュニケーションズ・リーダー
一般消費者の認知度より、業務の実質的な精度が評価される海運業界でも信頼が不可欠です。香港のウォレムで船舶代理店業務を統括するディクソン・チン氏が、別の視点から信頼の重要性について説明してくれました。創業以来122年の信頼を守るのは、日々の努力の積み重ね。事業の規模やスピードより、現場で一貫したサービスを提供し続けることが信頼への近道です。たったひとつの過失で世界のサプライチェーンが混乱に陥るような業界では、確固たる一貫性こそが信頼や評判のいしずえになります。
日用消費財(FMCG)の分野でも、草の根的な活動がブランドへの信頼につながります。森永アメリカ社長兼CEOの河辺輝宏氏は、日本の「ハイチュウ」を米国市場で普及させた功労者。大規模な広告は一切使わず、地道な試食活動で知名度を急上昇させました。プロ野球選手たちの支持を呼び込んだのも、長年の積み重ねがブランド力の強化につながった実例。情報が氾濫するカテゴリーにおいて、「本物」の信憑性を示すことが圧倒的なアドバンテージを呼び込みました。
信頼は巧みな言葉で簡単に高められるものではなく、目に見える持続的な行動によってのみ築かれます。複雑化する市場で活動するリーダーたちにとって、それはサステナブルな競争優位性を手にできる唯一確実な戦略といえるかもしれません。
ローカルな分析でグローバルに成長
今年はローカライゼーションの重要度も加速しました。進出先の市場に適応するだけでなく、国ごとの文化や習慣に深い理解が求められています。
酒類業界は、消費者の習慣が市場ごとに異なります。STOLIグループのセールスディレクターを務めるキャスリン・ウィリアムズ氏いわく、グローバル戦略だけでは各国の市場に浸透できません。日本、香港、オーストラリア、東南アジア各国では飲酒文化もそれぞれ大きく異なり、プレミアム化や新ブランドへの反応もさまざまです。新しい市場に進出するブランドは、消費者の共感を呼ぶために細かなニュアンスを読み取れなければなりません。「世界共通のメッセージを翻訳するだけでは不十分。その地域で暮らし、あちこちに旅行し、現地の人々に響くポイントを見極めなければなりません」とウィリアムズ氏は語りました。
「メッセージを翻訳するだけでは不十分。心に響く内容に言い換えよう。」キャスリン・ウィリアムズ STOLIグループ/アンバー・ビバレッジ・グループ IAPACオーストラリア担当セールスディレクター
世界にはばたく中国のテック業界でも、アダム・ナージュバーグ氏が現地文化の理解に注力しています。現地チームへの権限委譲が不十分なまま、グローバル展開を目指す企業が多いのもテック業界の現実。しかしアセットを翻訳するだけでローカライゼーションの成功は見込めません。現地チームに意思決定の裁量を与える決断が必要です。世界クラスの製品を持っていても、現地の文化を理解せずに信頼や関連性を築くのは至難の業なのです。
社会生活を支える再生可能エネルギーの分野でも、現地文化への理解が普及のスピードを左右します。オクトパスエナジー日本法人の中村肇社長は、ユーザーの生活リズムにあわせた需要シフト戦略を重視してきました。風力発電が夜間にピークを迎える英国とは異なり、日本では昼間の太陽光発電が生成可能エネルギーの主力。家庭の電力使用が、朝夕に集中するという特徴もあります。技術面だけでなく、ユーザーの行動をうまく調整する能力が急成長の条件となります。
パナソニックホールディングス事業開発室の大前謙氏は、デザインシンキングによるイノベーションをローカライゼーションに活かしてきました。新しい技術は、市場ごとの異なる解釈から誤解を招くこともあります。現地の文化を観察して細かなニュアンスをつかむことで、言語を超えた認知領域にまで働きかけるローカライゼーションが達成できます。人々の生活様式とリアルに合致してこそ、初めて製品への共感が生まれるのです。
森永アメリカは、味覚を通じてこの原則を体現しました。米国市場における「ハイチュウ」の成功は、日本流の風味がそのまま受け入れられたわけではありません。アメリカ人が好むリッチなフルーツ風味を開発し、独創的なアイデアによる「ワクワク感」で評価を伸ばしました。これも消費者の感情や感覚に訴えたローカライゼーションの成功例です。
文化的にも多様なアジア市場は、デジタル業界であっても市場ごとの細分化が必要になります。ローカライゼーションに、やはり近道はありません。新しい市場への進出を成功させるのは、国ごとの文化や人々の生活を深く理解しているブランドに限られるのです。
企業のパーパスが事業モデルに進化
企業が表明する「パーパス」は、理想や目標を言語化したスローガンのようなものとして認識されてきました。しかし多くの優れたリーダーたちが、はるかに実用的な意思決定の枠組みとして「パーパス」を捉えていることもわかりました。
その好例がキユーピーです。会長の中島周氏は、短期的なマーケティングと長期的なブランディングをはっきりと区別してきました。料理教育、地域社会への参加、栄養に関する情報発信などは経営陣直轄の長期プロジェクト。数十年にもわたる取り組みを通じて、キユーピーの理念と信頼を守り続けています。マーケティングと一線を画すことにより、企業のパーパスが短期的なKPIによって希釈されにくくなるのです。
ホスピタリティ業界では、IHGホテルズ&リゾーツのトム・ラウントリー氏が「パーパス」を実践的に運用しています。サービス分野でのイノベーションには、人間理解に基づく目的意識が不可欠。人々の意見と行動から「真のニーズ」を分析することで、机上の論理を越えたゲスト体験を設計できます。インサイトとアクションを一致させることで、ゲスト中心主義が再定義されます。
「企業目標はブランドの文化を醸成して他社との差別化を際立たせ、お客様とスタッフを活気づけます。」トム・ラウントリー IHGホテルズ&リゾーツ ラグジュアリー&ライフスタイルブランド担当バイスプレジデント
先端技術を競い合うエネルギー業界においても、「パーパス」は最適なシステム構築を支えてくれます。オクトパスエナジーにとって、サステナブルであることはサービスの根幹となる理念。電力消費のピークを再生可能エネルギーが豊富な時間帯にシフトさせ、クリーンなエネルギー活用が各家庭にとってコスト面でも魅力あるものにしなければなりません。ここでは「パーパス」の実践的な解釈が、地球環境に具体的な影響をもたらします。
あらゆる業界において、もはや企業の「パーパス」は理想論を超えた具体的な約束です。事業を支える構造的な指針であり、パートナーシップ、製品設計、従業員体験、市場戦略を策定するための基準でもあります。ひとたび企業が「パーパス」を表明すれば、初日から具体的な実行が求められる時代なのです。
未来はどこまでも人間的
デジタル技術が加速した2025年は、その反面で見失われがちなことに気づかせてくれました。テクノロジーが主導する産業でさえ、依然として人間の体験に対する深いアプローチが不可欠だという真実です。
アジア太平洋地域のプレミアムスピリッツ市場で、若い消費者層は消費行動よりもブランドとのつながりを優先しています。バーテンダーのSNSをフォローし、カクテルの理論と技術を学び、ブランドに歴史と個性を求める人々が増加中。キャスリン・ウィリアムズ氏は「ただ美味しいだけでは満足せず、ユニークな体験やブランドの物語が不可欠な時代」と指摘しています。ぼんやりと多数に知られるより、熱心な少数に愛されるブランドが勝者となります。
新たな人間中心主義への回帰は、伝統的な産業分野にも見られます。海運ソリューション大手のウォレムにも、デジタル化と脱炭素化は不可欠な要素。しかしその競争力は、依然として働く人々の知力に支えられています。世界の物流を支えるため、信頼ある船員、代理店、運用チームが日々の業務を円滑に進めます。機械には比肩できない判断力で、さまざまな変化に対応する必要があるのです。
パナソニックホールディングスの大前謙氏も、イノベーションのプロセスにおける人間への理解が不可欠であると主張しました。複雑な技術と直感的な体験を結びつけるため、デザイナーが翻訳者かつ仲介者の役割を担うのです。素晴らしい技術も、それ単体ではただの知識。人間に具体的な利益をもたらすとき、初めてイノベーションは成功するのです。
「さまざまな市場や顧客層に向けた製品をデザインする過程で、お客様のお困りごとを抽出しながらソリューションを導き出してきました。」大前 謙 パナソニック ホールディングス株式会社 事業開発室 .d Loonshots Studio Creative Director
またアダム・ナージュバーグ氏が指摘したように、コミュニケーションの基本は共感です。グローバルブランドが国境を越えて信頼を築くとき、その成否を分けるのは効率性ではありません。技術によってメッセージの送付先は増やせますが、個々の理解を深められるには人間の細やかな関与が必要なのです。
リーダーたちの意見は、あらためて私たちに人間社会の複雑な成り立ちを気づかせてくれました。ブランド、顧客関係、組織文化の構築には、優れたコミュニケーションが不可欠です。先進的な技術は、レバレッジを生み出せるかもしれません。でもその技術に意味を与えるのは、今でも人間の仕事なのです。
新しい2026年の展望
以上の議論を統合して、ひとつの学びが得られました。それは「明確な目的と行動力を兼ね備えた組織こそが、進歩を遂げられる」という法則です。みずからの信頼度を定量的に評価し、ローカライゼーションに手間ひまをかけ、人間の体験を向上させるために技術の進歩を利用できるのが成功の条件です。
本年も貴重な知見を共有してくださった各界リーダーのみなさまに心より感謝いたします。今後もアジア太平洋地域のさまざまな課題と解決法について、さまざまな議論が深められることを期待しています。
各界のリーダーたちと語り合うインタビューシリーズ「Eat Takeaway」は、バックナンバーも含めてすべてオンラインでご覧いただけます。深い洞察から飛び出した名言や、誰かに話したくなる「3つの学び」にもご注目ください。
新しい年も共に学び、価値を創出していける一年になりますように。
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