中国テック企業のグローバル戦略

マーシャル・トーリー / 事業成長マネージャー

2025. 08. 25

マーシャル・トーリー / 事業成長マネージャー

「Eat Takeaway」は、世界で活躍するブランドリーダーやマーケティングリーダーに直近の抱負と課題を教えてもらうシリーズ。インタビューから得られた学びを「Takeaway」として読者のみなさまにお持ち帰りいただきます。

今回登場するのは、アダム・ナージュバーグ氏。アリババ、テンセント、DJIといった中国の有力テック企業で10年以上にわたりコミュニケーション部門を統括し、現在はDeepGreenXに在籍しています。

さまざまな逆風が吹く中でも、戦略的なメッセージの発信によって数々の成功を導いてきました。中国企業の特殊な組織文化を理解し、経営陣に変革を促す方法について貴重な意見をうかがいます。

The 3 Key Quotes:

1. ストーリーの発信で先を越されると、後から巻き返すのは大変です。 

2. 社会貢献こそが市場への入場券。真っ先に着手すべき取り組みなのです。 

3. 百万人に一人の天才も、中国全土には千人以上いる計算です。 

中国のテック企業が、グローバル市場で成長するために必要な条件は?

認識すべき最大の前提は、地政学から逃れられないという現実。優れた製品とビジネス運営だけで、物事が進められる訳ではありません。中国企業が他国の市場に参入するとき、そこには必ず壁が立ちはだかります。国によっては中国の企業漠然とした不信感があ、まずは土台から信頼の構築に努めなければならないのです。

中国のテック業界では、常時トップスピードが求められます。成長や収益やKPIなどの指標には厳密ですが、それは経営陣が数値以外で成功を測定できないから。それでも西欧などの新規市場に参入する際には、スピード重視のマインドセットが逆効果になることもあります。なぜなら中国企業の経営陣は進出先の消費者について知識が乏しく、文化的な背景も異なるからです。信頼も得られていない暗中模索の段階で、スピードを上げても怪我をするだけです。

だから新規市場への進出に際しては、スピードを緩めてKPIの設定を見直そうと提案してきました。目先の成長ではなく、長期的な成果を目指さなければなりません。市場参入でもっとも重要なのは、初期からの信頼構築。そのためには、人間同士のコミュニケーションが不可欠になります。高度なサービスと透明性を追求しつつ、利潤を追いすぎない寛容も必要です。しばしば参考にしたのは、アップルの事例でした。アップルケアは今でこそ利益を上げていますが、以前は多額な投資を要するコストセンターでした。無償で交換品を提供し、不具合を謝罪し、期待以上のサービスを提供することでブランドへの忠誠を獲得したのです。アップルのブランド力に憧れる中国企業は多いのですが、アップルケアの地道な先行投資を見逃しがちです。

メッセージの発信には積極であるべき?

多くの役員たちが認識している以上にメッセージの発信には積極的であるべきです。特に新規市場では、情報発信を怠ってはいけません。テンセントに入社したとき、メッセージ発信に消極的な傾向があったので危機感を覚えました。ジャーリストからの問い合わせを放置したり、コメントを避けたりすることが常態化していたのです。とりあえず判断を先送りする方針では、情報発信の機会がライバル企業の手に渡ってしまいます。ストーリーの発信で先を越されると、後から巻き返すのは大変です。

市場参入でもっとも重要なのは、初期からの信頼構築。

私が始めた小さな変革は、いろな人に会ってカジュアルに語りあうこと。公式なインタビューやコメントの返信だけでなく、メディア関係者との関係を地道に築くことで、ジャーリストたちがブランドの取り組みを理解できるように手助けしました。そうやってテンセントの声は市場に届くようになり、徐々にエンゲージメントを広げていったのです。すぐに情報が拡散される行動はもちろん、メッセージ発信の基盤構築も大切です。

メディアを通した情報発信だけでなく、企業の社会的責任に関わる広報活動にも力を入れました。たとえばバングラデシュのような新規市場で、ゲーム依存を懸念する声が高まったら事態の収拾は大変です。あらかじめゲーム依存を防止する現地の取り組みに投資したり、地元のNGOと提携したりすることでリスクをチャンスに変えられます。新規市場で製品が発売される前には、まず現地に足を運ぶことも大切。ただ利益を追求するのではなく、ユーザーと一緒に問題を解決しようという姿勢を示すためです。

新規市場で奏功した具体的な取り組みは?

バングラデシュでPUBG MOBILEを発売する際は、最悪のシリオを想定しました。たとえば何時間もゲームをプレイした十代のユーザーが、家族に暴力をふるったり自傷行為に及んだりしたら? そのような事件がメディアで報じられると、ゲームの禁止を求める声が上がでしょう。政治家も介入して「若者を中毒にする危険な外国製ゲーム」と見なされ、ブランドの評判は大きく毀損されます。

そこで発売の6ヶ月前から、ゲームの安全な楽しみ方を普及させる基金に10万ドル(約1,500万円)を投資し、地元の若者グループと一緒に現地でフォーラムを開催しました。ここに学者も巻き込むことで、ゲームへの安心高められます。製品の宣伝というより、地域に関与するための取り組みです。市場ごとの事情を理解し、単なる販売業者ではなくコミュニティの一員として意思表示をします。

このようなCSR活動を後回しにする企業は、「社会貢献など利益を上げてからでいいじゃないか」と考えています。でも社会貢献こそが市場への入場券。真っ先に着手すべき取り組みなのです。

トップダウンの中国企業で、経営陣に変革を促すコツは?

焦らずにゆっくりと、自分の成果を積み上げていくこと。多くの中国企業ではコミュニケーションが戦略的に計画されておらず、あくまで本業をサポートする機能のひとつに過ぎません。だから私の提案も、最初は真剣に聞き入れてもらえませんでした。そこで地道な活動を続けながら、その成果をアピールすることにしました。想定される危機を未然に防ぎ、好意的なメディア報道を呼び込み、悪評のリスクを未然に回避します。そんな取り組みをPowerPoint資料で経営陣にプレゼンしました。事後的に功績を説明するのはちょっと不思議な行動ですが、経営陣の説得には効果がありました。

社会貢献こそが市場への入場券。真っ先に着手すべき取り組みなのです。

中国企業はトップダウン型の組織なので、会社への忠誠心が重んじられます。変革や挑戦が好きな人は、問題児のように見なされがちです。経営陣からの指示に、別の視点から疑問を呈ようなコミュニケーション担当者は必ずしも歓迎されません。

それでも時間をかけて十分な成果を挙げていれば、信頼は後から付いてきます。気付いたら、数百万ドル規模の予算承認を求められるようになり、人員の配置も任されるようになっていました。私の見識が、ようやく経営陣から認められた証拠です。ただし本当に信頼を得るまでは、それなりの忍耐も必要になります。

中国企業進出先の国でつまくパターンは

中国のテック企業が外国でビジネスを展開するとき、現地採用のリーダーが必要になるのは間違いありません。主要な決定がすべて深センや杭州で下されている限り、真のグローバル展開は望めないからです。

欧州や北米で優秀なCEOを現地採用したのに、本国から監視役を派遣する企業も見受けられます。これでは相互に不信感が高まり、権力闘争や機能不全を引き起こしかねません。本社の承認を待つことが多くなり、現地チームが即断即決できなくなります。これは中国の故事にある「矛盾」(マオドゥン)の状態。グローバル展開を望みつつも、本社の権限を手放したくない経営陣のジレンマを解決しない限り、いつまでも壁にぶつかり続けるでしょう。

長期的な解決策としては、ベルリン、トロント、東京などの現地で学位を修めた中国人を採用するのが現実的かもしれません。グローバルな視野を持ち、中国企業としてのDNAも理解してくれる人材が橋渡し役になるでしょう。でも今のところ、そこまでの変化は起こっていません。

それでも中国テック企業の可能性を信じる理由は?

中国に才能のある人材が溢れているからです。国内の競争は熾烈で、誰よりも迅速に行動しなければなりません。百万人に一人の天才も、中国全土には千人以上いる計算です。そのような才能が、競争を勝ち抜くのに必要な鋭い直感を生み出してくれます。

西欧の企業と同じデータにアクセスできるようになり、戦略的な忍耐力を国外でも発揮できる環境が得られたら、中国企業は優位に立てるでしょう。しかし当面は国際的な信頼を築かなければなりません。うまくいったら、次はリーダーの現地採用も必要です。それまでは旧来のアプローチで悪戦苦闘を続けることになるでしょう。

自分とは異なる考えを持つ人々に権限を与えてください。リスクを取って既存の権威に挑む人々を称えてください。

中国テック企業の課題と成功への条件は?

中国のテクノロジー企業は、極めて聡明な人々によって運営されています。馬雲(ジャック・マー)、蔡崇信(ジョー・ツァイ)、馬化騰(ポニー・マー)、劉熾平(マーティン・ラウ)らは、いずれも先見の明に満ちたワールドクラスの経営者たち。でも組織の中間層では、過剰なイエスマン文化が変革の芽を摘んでいます。恭順の意識が強すぎて、上層部への挑戦が足りません。

有力な中国のテック企業に、いくつかの提案があります。真の才能を開花させる仕組みを構築してください。自分とは異なる考えを持つ人々に権限を与えてください。リスクを取って既存の権威に挑む人々を称えてください。そうすれば優れたアイデアが採用され、グローバルな舞台で大きな成果を得られます。潜在力に恵まれた中国のテック企業は、誰にも止められない存在になるはずです。

Eat Take-Away

  1. 発売前からき出せ。新しい国に出するとき、発売日まで待ってから情発信を始める企も少なくありません。しかし成功するブランドは、そのはるか以前から現地に足をび、消費者の声に耳を傾け、現地の文化やコミュニティに溶け込んでいます。

  2. 最初に信頼をち取れ。が起こってからの対応では、コミュニケーションも手に回ります。あらかじめ市場に乗り込み、現地での関与を重ね、透明性を担保して信頼をきます。を払う代わりに、早期からの投資で期的な成功を掴みましょう。

  3. 現地の判断を尊重せよ。国外市場で成功する鍵は、本社の権限を手放すこと。現地チームに決裁権を委譲し、素早く的な決断ができる人材とチームを育てましょう。自国の価値観ですべてを判断しようとする組織に、グローバルな成は期待できません。

この記事はお役に立ちましたか?もしご関心を寄せて頂けたなら是非こちらから無料購読にご登録ください。これからも定期的に配信予定の当社マーケティング関連コンテンツをいち早くお届けします。