バレンタインデーと恋の火花
バレンタインデーの起源には諸説ある。有力説のひとつが、ルペルカーリア祭。現代のマッチングにも通じる古代ローマの婚活イベントだ。
バレンタインデーにおける2024年の消費額は、米国内だけでも260億米ドル(約3兆8600万円)に達する。この巨大な消費に伴って、チョコレートや花束や愛の言葉が飛び交うのだ。バレンタインデーの前日には、女性限定で親密に楽しむ米国発祥のギャレンタインデー(ギャルとバレンタインデーの造語)もある。また季節は違うが、中国でも光棍節(独身の日)という類似イベントが定着した。
世界基準では男性が贈り主となるバレンタインデーだが、日本では女性がチョコレートを贈るという逆転現象が固定化している。またバレンタインデーのお返しをする3月のホワイトデーも日本発祥で、文化圏の近い中国、韓国、台湾などにも伝わった。
日本の菓子メーカーにとっても、バレンタインデーはビッグビジネスだ。このイベントに合わせて、年間消費量の20%以上にあたるチョコレートが購入される。その市場規模は、2024年の予測で50億米ドル(約7400億円)。森永製菓、明治製菓、ロイズなどの国内ブランドがしのぎを削り、リンツ、ゴディバ、ネスレなどの海外ブランドも確固たる足場を築いている。
顧客の嗜好は、どのように変化しているのか。移ろいやすいファンの心を引き留め、ライバルを出し抜く秘策はあるのか。激しい競争の渦中で、菓子メーカーはどんな戦略を練るべきなのだろう。独自の調査と洞察から、チョコレートブランドが注目すべき新しい商機について解説しよう。
1. 男性向けのチョコレートが増加中
世界各国の市場を観察すると、チョコレート製品はどちらかといえば女性向けにブランディングされていることが多い。スニッカーズやヨーキーなど、男性寄りのブランドは例外的だ。だが日本では、男性にターゲットを絞ったチョコレート製品も増えている。
チョコレートの分野に進出した高級紳士服ブランドは少なくない。ロンハーマン、ダンヒル、ラルフローレンらは、カカオ含有量の高いチョコレートが男性にアピールできる事実を知っている。本格的なダークチョコレートが、健康食品(抗酸化物質やポリフェノールが豊富)として注目を浴びているためだ。
上記のブランドは、バレンタインデー用だけでなく、日々の健康管理の一環として食べられるチョコレートを通年販売している。グリコの商品ブランド「GABA」などのブランドは、特定の男性層(ビジネスマンなど)にチョコレートのストレス解消効果まで訴えている。
韓国大手のロッテも、日本の男性向け市場で存在感がある。自社のチョコレートブランド「ガーナ」で、若い男性層への認知度向上に注力しているところだ。2020年には、若い男性に絶大な人気を誇るアニメ音楽クリエイターのEveとコラボ。ロッテ製品を購入するとEveのコンサートチケットが当たるキャンペーンを実施した。男性向けのチョコレート市場が、どれくらい成長するのかはまだ未知数。だがリスクを取ってみる価値はありそうだ。
2. 自分へのごほうび市場が成長
贈答品が、他人に贈るものとは限らない。長い一日や長期イベントの後など、「自分にごほうびをあげたい」と思うことは誰にでもあるはず。気分転換(43%)、ストレス解消(42%)、自分へのごほうびなど、86%の消費者が自分のためにチョコレートを購入したことがある。
この傾向には、もっと複雑な背景があるかもしれない。2022年に国連が発表した「世界幸福度報告書」によると、日本は先進国の中で幸福度が最下位。職場のストレス、孤独感の増大、経済的な閉塞感など、辛抱を美徳とする日本社会ではメンタルのセルフケアがますます必要とされている可能性もある。
日本のギフト市場は、年間10兆5,000億円(約700億米ドル)に及ぶ(2022年実績)。各社が「自分へのごほうび」ニーズをどうやって回収するのかは知恵の絞りどころだ。ゴディバ ジャパン CEOのジェローム・シュシャン氏も、「自分へのご褒美や、今夜のくつろぎ」のために購入する顧客の増加を認識しいている。商品のサイズ、パッケージ、価格帯などの工夫が鍵になってくるだろう。
3. サステナブルな勝者たち
価格や品質だけでなく、サステナビリティでブランドや製品を選ぶ消費者が日本でも増えてきた。消費者庁が2022年に実施した調査によると、日本では倫理的な経営やSDGs(持続可能な開発目標)に取り組んでいるブランドや製品への支持が広がっている。消費者の60%が、SDGsを意識した商品の購入を望んでいるのだ。
この傾向はチョコレート業界でも顕著である。チョコレートメーカーのバリーカレボーが実施した調査によると、日本の消費者の70%がサステナブルなチョコレート製品を支持していることがわかった。気分の良さ、品質への評価、信頼感、自分の価値観との共鳴。このような消費者の感情や願望が、どれだけ製品の売れ行きに結びついているのかは測定が難しい。それでもギフト市場に強いチョコレートブランドが、サステナブルな原料と製法を謳う流れは定まっている。
日本最大のバレンタインデーを象徴するイベント「アムール・デュ・ショコラ」では、2022年からSDGsをテーマの中心に据えている。生産時の排出量を削減するために日本産の食材を取り入れた製品や、生物多様性を重視するチョコレートブランドが紹介された。カカオだけを植えたモノカルチャー農法ではなく、伝統的なアグフォフォレストリー農法での栽培も支持されている。
日本のチョコレート市場は混戦で、特にバレンタインデーをめぐる競争は激しい。だが成熟した日本市場にも、まだ未開拓のニーズや市場はある。ロッテとEveのコラボをはじめ、ブランドや製品を新しいオーディエンスやライフスタイルに露出させる方法は常に模索できる。イベントを契機にしたブランドの浸透や、人気ビデオゲームとのコラボにも可能性はあるはずだ。思い切った自己表現で、密かな愛を実らせるチャンス。それがバレンタインデーの本質なのだから。
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