ごほうびはアメリカン・チョコレート?
Eat 16号: Sweet

この記事は2003年11月に公開されたものです。

近年の国内のトレンドと言えば、超高級チョコレートをがんばった自分へのごほうびに贈ること。そのマーケットにスナックの本場アメリカが乗り出した?!

アメリカではわりと最近まで、チョコレートと言えばスーパーマーケットで買うのが当たり前、その代表格がプレーンとアーモンド入りのあるハーシーズの甘くてざらざらしたミルクチョコレートバーだった。しゃれた高級チョコレートはどれもヨーロッパからの輸入品で、国産品はカリスマシェフお手製のものではなく、おとぎ話のチョコレート工場で作られるような代物だったけれど、アメリカ市民はそんなことを気しちゃいなかった。 

ところがこの20年で、カリフォルニアを中心に職人技術に一大変化が起きてきた。安ワインはカルト・カベルネへと進化を遂げ、消費者はオレンジ色のチェダーチーズ、薄いアメリカン・コーヒー、生焼け気味のパンなどには満足せず、農場製のシェーヴルチーズや地元で焙煎したアラビカコーヒー豆や、窯焼きの天然酵母パンを求めるようになってきたのだ。ならば、職人の手によるアメリカン・チョコレートというものはあるのか?そう、ついにこのアメリカにも本格派チョコレートを求める大きなうねりがやって来たのだ。

そのきっかけとなったのは、サンフランシスコ、ベイエリア出身のふたりの男性が96年に興した小さな会社『シャーフェン・バーガー・チョコレート』。ヴァローナを初めとするヨーロッパ最高級ブランドと同じように、アメリカ初の高級チョコレートを作るのが彼らの夢だった。チョコレートの商売は、創業者のひとり、元医師のロバート・スタインバーグにとってはかなり思い切った転職だったけれど、ワイン業を営んでいた相棒のジョン・シャーフェンバーガーにしてみれば、磨きあげた鋭い味覚がチョコレート作りに大いに役立つこともあって、この転職はかなり自然な成り行きでもあったのだ。もちろん、多種多様なカカオの特徴をじっくり吟味する以前に、ふたりが学ぶことは山ほどあった。ロバートはフランスへ渡り、チョコレートの老舗ベルナションで修行し、ヨーロッパから年代物の焙煎機が届くまでに、ふたりは家庭用の対流式オーブンや豆挽き機、スタンドミキサー、ヘアドライヤーなどを使っていろいろな実験を試みた。しかし、家族や友人たちからは理解が得られず、「うちの母親なんか『おまえいったい何やってんの?』みたいな調子でね……」と、シャーフェンバーガーは当時を振り返る。

ついにこのアメリカにも本格派チョコレート を求める大きなうねりがやって来たのだ。

あれから7年。ふたりは自分たちの仕事に鼻高々だ。サンフランシスコの老舗チョコレート・メーカー、ギッタードが新しいラインの高級チョコレート「E.ギッタード」を発表したとは言っても、シャーフェン・バーガーと互角に張り合えるアメリカン・チョコレートは目下これだけだし、社交界の名士がプラダの名を口にするように、アメリカ中の菓子職人たちがシャーフェン・バーガーの名を持ち出すのだから、ふたりの思いも当然といえば当然だろう。

こうしてアメリカに生まれた高級チョコレートは筋金入りの食通たちのあいだでも大評判で、彼らはかつてワインの味や香りを表現するのに用いた独特の言葉でチョコレートを語り始めている。その極端な一例が、サンフランシスコのニューススタンド&キャンディストア「フォグ・シティ・ニューズ」のオーナー、アダム・スミスだ。世界各地のチョコレートバー約200種を売るこの店で、スミスはスタッフと一緒に「着席形式のフォーマルなチョコレート鑑定会」を開き、その香りや味やきめ、歯触りについて意見を交わしている。「シャーフェン・バーガーの70%ビタースイートは……酸っぱいラズベリーに、焦げた全粒パントースト、それにブラウンシュガーのアクセントを感じる」といった具合にだ。

シャーフェンバーガーは、よく周囲から前職のワイン作りと現職とを結びつけられると言う。たしかに両者のあいだには類似点があって、たとえばワインはブドウを発酵させて作るが、カカオ豆もまた風味を出すために発酵という工程を設けているし、タンニンと酸を使って独特の風味を生み出す点もそっくりだ。けれど最大の共通点は、ワインの品質が原料のブドウに左右されるように、チョコレートの品質もまた原料のカカオ豆で決まるということ。カカオ豆は大きく3つに分類され、最高の風味と称される南米産のクリオロ種、タンニンがマイルドでフルーティな風味のトリニタリオ種、最も一般的な品種で深みのあるフルーティな香りと渋みの強い後味が特徴のフォラステロ種として知られている。

社交界の名士がプラダの名を口にするように、アメリカ中の菓子職人たちがシャーフェン・バーガーの名を持ち出す。

けれど、このような類似点は一般論に過ぎない。変種と言えどクローンであるブドウに対して、カカオ豆は本当の意味での変種がよりたくさんあって、「カカオ豆の畑1つでも、数えきれないほどの遺伝子的可能性を秘めているんだ」とシャーフェンバーガーは言う。しかし、この不安定な条件下でも、シングルカカオチョコレートを作るのが最近のトレンドだ。ギッタードの社長ゲイリー・ギッタードは、1種類のカカオ豆だけでチョコレートを作るのは「おいしい」からというより「おもしろい」からだと認めながらも、この手のチョコバーを3種類出しているし、品種ものなんて「ばかばかしい」と創業者が公然と言ってのけたシャーフェン・バーガーでさえ、数種類のシングルカカオチョコレートを世に送り出している。とは言え、よりバランスのいい、調和の取れた風味を作り出すには、基本的に数種のカカオ豆をブレンドするのが一番だという点で、両社の意見は一致している。 

カカオ豆の特徴が話題にのぼるというだけでも、近い将来、こうした質の高いアメリカン・チョコレートが当然のものとして受け入れられるようになるのは間違いないだろう。事実、あのピエール・エルメが、シャーフェン・バーガーは世界有数のすばらしいチョコレートを作っていると言ったとか。フランスの超有名パティシエが公の場でアメリカン・チョコレートを賛美した?これを時代の変化と言わずして何と言おうか。

文/サラ・デゼラン 撮影/阿部稔哉


チョコレート × ワイン

甘いものに関するがネタが見つかるやいなや、チョコホリックなeatのクリエイティブ・ディレクターは今年初めカリフォルニアに飛び、現地のグルメ・チョコ・シーンをつついてきた。彼はそこで出会ったワインとチョコレートという組み合わせに大感激し、結果数キロ太って戻ってきた。このふたつはいま業界で最も新しい組み合わせらしい。

そこで我々は前出のロバート・スタインバーグに話を訊いてみた。が、「それは全くの見当違い。チョコレートと最も相性がいいのはウイスキーさ」と、チョコレートとワインのカップリングについてはひたすら「違う」を強調。

が、時すでに遅し。我々は食の専門家に選りすぐりのブドウとカカオの組み合わせ方を指南してもらうという企画を進めていた。サンフランシスコのチョコレートマニア、アダム・スミスはスタッフとともにテイスティング・セッションを繰り広げて、600種類以上ものチョコレートに関する詳しいコメントを書き溜めている。我々はこの貴重な資料をパークハイアット東京の博学ソムリエ、カーラ・由香里・プラットに持っていき、彼女に最高のカップリングを行ってもらったのである。

以下は彼らの分厚い覚え書きを編集したものだが、冒頭の説明は組み合わせの一番の決め手となったチョコレートとワインに共通するフレーバーを表現したもの。これがベストと言い切れるか定かではないが、味はまあまあだったような気がする。

ギャラー・シュガーフリー・ミルク(カカオ38%、ベルギー)×ベリンジャー・ホワイト・ジンファンデル(アメリカ)

スグリ、ハチミツ、ストロベリー、レーズン

チョコ:試食したノンシュガー・チョコレートの中では、このベルギー製が最も評価が高い。アトキンズダイエットの流行を受けてメーカー各社も「低炭水化物」の板チョコを作っているが、どれも数十年前からあるノンシュガー・チョコと全く変わらない。

ワイン:「ホワイト・ジンファンデルはワインではない」と言うワイン通もいるが、バランスの取れたこのホワイト・ジンは食べ物との相性がとてもいい。フルーティでスイートな口当たりは、働き詰めの1日を締めくくるのに最高。

ミシェル・クリューゼル・グラン・レ・ピュール・ジャヴァ(カカオ50%)× ココ・ファーム・ヴァン・サント(日本)

マラスキーノチェリー(サクランボから作るリキュール、マラスカ酒漬けのサクランボ)、アップルソース、マンゴー、レモンヨーグルト、濃厚なプラリネ、香ばしいカラメル

チョコ:ジャワ産カカオのスモーキーな特徴がよく表れた板チョコ。極甘のクリームとスモーキーなアメリカ製チェダーチーズを足して2 で割ったような個性的なフレーバー。ピュア・ミルクチョコレートの中で最も濃厚でクリーミーな口当たりを持つもののひとつ。

ワイン:ココ・ファームは、成人の知的障害者がスタッフの大半を占める日本のワイナリー。自家農園で栽培した甲州種ブドウをレーズンになる手前まで干してからつぶし、発酵させ、フランス製オーク樽の中で熟成させる。見事な深みとゴージャスな余韻が魅力。

シャーフェン・バーガー・ビタースイート(カカオ70%、アメリカ)× ダッシュ・レイトハーヴェスト・ジンファンデル(アメリカ)

エスプレッソ、ファッジ、酸っぱいラズベリーとチェリー、かすかなブラウンシュガー、レーズン

チョコ:土っぽい香りが柔らかい甘い香りに変わり、それがまた繰り返されるあたりは、いかにも複雑な味わいのダークチョコレート。一口めより二口めのほうが酸っぱい感じがする。

ワイン:黒ブドウで作る赤ワイン、ジンファンデルは、カリフォルニアがワイン界に贈る贈り物。バニラでほどよく抑えたココアの風味を持つ、ジャミーなワインだ。どのレイトハーヴェスト・ジンファンデルも、チョコレートとの相性は抜群。


文/Eat Team 撮影/阿部稔哉