ホスピタリティ業界を取り巻く変化

2023. 05. 16

中條あや子、スティーブ・マーティン、アリスン・ジャンベール

ホスピタリティや観光に明るい兆しが見え始めている日本。行動制限の緩和によって2023年にはコロナ禍前の数値に近い2000万人を超える観光客の訪日が予想されており、インバウンド観光による日本経済への影響は310億ドルに上ると言われています。 

円安や低金利、今後数年間の明るい見通しなどによって、日本は多くの大手グローバルホテル企業から注目を集めています。ホテルの宿泊料金は2019年と比較して約15%上昇しており、ホテル買収に占める外国人投資家の割合は2014年以降で最大に達しています。 

しかし、本当に大変なのは買収が完了してから。競争が激化する日本で成功を収めるためには、運営、ステークホルダーとの関係強化、ブランドの管理など、多くの課題を解決しなければなりません。 

Eat Creativeはこれまで20年以上にわたり、海外ホテルブランドが日本で事業を展開する上で必要となるローカライゼーションやコミュニケーションツールの制作、顧客体験の創出、運営のコンサルティングなどを行ってきました。今回の記事では、海外ホテルブランドが日本で成長していく上で求められる要素や注意点について、Eat Creativeの3名の共同創業者が解説します。 

中條あや子:代表取締役社長

インテリアデザインやプロダクトデザイン分野での経験を活かし、国外ブランドの日本進出を数多く支援。日本の顧客への深い知見をデザインやコミュニケーションに取り入れ、ブランドの成長を実現している。

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日本では、すでに多くの海外ホテルブランドが国内外の旅行者から高い認知度を得て、マーケットポジションを確立しています。こうしたブランドへのリピーターの創出に貢献しているのは、その知名度による安心感とロイヤルティプログラム。近年では、大手ホテルブランドが日本の主要都市だけなく、ハブ都市にも進出しはじめています。 

日本政府観光局が2021年に行った調査では、日本を訪れるアジアの旅行者の多くが、主要都市以外の街にも訪れてみたいと回答しています。ローカルエリアを巡る体験への需要が高まっていると言えるでしょう。 

ローカル都市に進出する国内外のホテルブランドに求められるのは、そのエリアの慣習や文化、特徴などを理解し、ブランディングに取り入れることです。ホテルの運営企業は、ホテル体験が画一的にならないよう、注意が必要です。主要都市に位置するホテルと同じ外観や雰囲気を再現するのは避けたほうがよいと言えるでしょう。

どのようにその街の文化や人びと、産業と関わり、繁栄に貢献し、歴史の一部となっていくのか。競合ブランドと差別化し、そのホテルを訪れることが旅の目的になるようなブランドを築くには、これらのビジョンを明確に定めることが不可欠です。 

スティーブ・マーティンエグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクター

イギリスと日本で25年以上にわたり、幅広いコミュニケーションプロジェクトをリードしている。心に響くブランドアイデンティティやストーリーを創造し、ビジネスに目に見える形で貢献するのがモットー。

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重要なのは、いかにブランドを差別化するか。そのためには日本のマーケットを理解する、言いかえれば、日本の文化や慣習を理解することが求められます。業界を問わず、これまで多くの国際的なブランドが日本に進出する際、自国で行っていたようなブランディングの手法をそのまま流用し、失敗しています。ヨーロッパやアジアのほかの国々で成功したやり方が、なぜ日本では通用しないのか。それは、競合ブランドがすでに同じやり方でポジションを築いているから、または単にそのアプローチが日本のオーディエンスに響いていないからです。 

Eat Creativeでは、都市部への進出を予定しているビジネスホテルブランドやミドルクラスのホテルブランドを支援する際、周辺の競合ホテルブランドや飲食店を含め、必ず近隣エリアの入念な調査を行っています。こうした調査は、ブランドのコンセプトがどれくらい成功しやすいか、どれくらい調整が必要か判断する上で非常に重要です。 

通常、ホテルブランドのターゲット層は、国内旅行者、訪日旅行者、ホテル周辺の人びとの3種類に分けられます。これら3種類のターゲット層すべてに響くコンセプトを見つけることが成功の鍵。国内のホテルブランドがどのようなゲスト体験を届けているか実際に視察してみることは、サービスや客室のベンチマークなど、日本進出に当たり求められる要素を確認する上で不可欠です。 

アリスン・ジャンベール:エグゼクティブ・コミュニケーション・ディレクター

コミュニケーションのスペシャリストとして、日本 / 香港 / イギリスで20年以上にわたり活躍。ブランドの開発やストーリーの創造、新たな顧客体験の創出を通じて、国内外の企業や組織の成長を支援している。

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Eat Creative創業前はホテル運営に関わっており、創業後は長年にわたり多くのホテルブランドを支援してきたので、国内外を問わず、ホテル運営におけるステークホルダーとの関係管理にまつわる課題ついては、よく理解しています。ホテルの所有企業、ブランドの運営企業、そしてホテルの経営企業、それぞれの意見が異なり、合意に至るまでプロセスを進められないというケースをよく見ます。こうしたケースでは、調整能力や外交的スキルが重要になります。 

従業員についても同じことが言えます。グローバルなホテル運営企業は予め定めたマニュアルに沿ってホテルの管理を行うことが多いのですが、新たなブランドのコンセプトやビジョンをローカルチームに伝える上で必要なのは、柔軟なアプローチです。ホテルのリブランディングと従業員エンゲージメントの向上をいかに両立するか。予め新たなブランドについて従業員に正しく伝えるための投資を行っておくことは、長期的なビジネスの成長やコストの削減につながります。 

ステークホルダーの管理が必要なのはホスピタリティ業界に限ったことではないですが、文化的な違いから、日本のホスピタリティ業界においてはとくに重要と言えます。ホテル体験に求められる高い水準に、絶対に応えるという「おもてなし」の精神。それ理解しておかなければ、ホテルの運営企業と日本の顧客との間に、大きなギャップが生じてしまいます。日本の「おもてなし」を実際に体験してみると、日本でホテルを運営することがいかにむずかしいか、よくわかると思います。 

日本はMICE(Meeting, Incentives, Conferences & Exhibitions)デスティネーションとしてどのように発展していくのか、そして最終的に、この分野におけるグローバルリーダーになれるのか。今後の日本のホテル業界の動向に注目しています。