日本のクラフトマンシップをグローバルに発信

日本のクラフトマンシップをグローバルに発信:日本酒の海外進出を支えるイノベーション

2021. 09. 10

藤岡華奈子 / プロジェクトコーディネーター

成功するビジネスの特徴は、愛される定番商品を守るだけでなく、変化や成長を常に意識していること。伝統的な業界に新たな風を吹き込みグローバル市場に進出するに当たり、ブランドに求められる要素は多岐にわたります。


今でこそ国内外を問わずブームとなっている日本酒ですが、これまでは伝統的なイメージが強く、比較的高いアルコール度数、種類や醸造方法、銘柄など分類が複雑なことと相まって、わかい人びとや海外顧客からは縁遠い存在でした。

日本酒の消費量は1975年にピークに減少を続け、その結果、多くの家族経営の醸造所が倒産の危機に瀕しました。和食と洋食の両方に合い、シーンを問わず楽しめるビールの人気が高まる一方で、日本酒の衰退は避けられないように思えるほどでした。

そんななか、かつての栄華を取り戻すべく、日本酒業界は新たな市場の開拓に向けて様々な取り組みを進めています。変わりゆく消費者の心をとらえ、日本酒を普及するに当たり、間口を広げ、日本酒にふれる機会をふやしながら、より親しみやすい商品の開発を行っています。


より身近な存在に

新型コロナ感染症の影響により東京都内におけるアルコールの販売に制限が設けられる前は、多くの日本酒ファンや入門者が試飲会やテイスティングバーに足繁く通っていました。とはいえ、完全な初心者にとっては、数百を超える銘柄からどれを選べばいいのか判断がつかないため、敷居が高いことは否めません。

こうしたニーズに応えるのが、自分の好みに合った日本酒選びを手伝うサービス。YUMMY SAKEは人工知能を活用し、それぞれの好みに応じた日本酒を判定してくれます。ユーザーを「アワアワ」「スルスル」「トロトロ」などオノマトペで表現した12種類のタイプに分類。洗練されたアイコンが目を引く、純米酒や醸造酒といったこれまでの日本酒の分類とは全く異なる直感的なシステムを取り入れています。

YUMMY SAKEでは、各都道府県の醸造所や銘柄に精通する日本酒ソムリエに頼ることなく、自分の好みに合った日本酒を直感的に選ぶことが可能。日本酒を試飲し、それぞれ5段階で評価することで、アプリがユーザーに適したカテゴリーを特定し、それまでの評価に応じてほかの銘柄をすすめてくれます。YUMMY SAKEでは、これまでの分類を見直すことで、日本酒をより身近なものにしています。

日本酒の楽しみ方が全くわからないという人をターゲットにしているのは、SAKEICE。日本初の高アルコール濃度の日本酒アイスクリームです。おとなのためのスイーツというだけでなく、ローズラズベリー、キウイ、ハニーバニラといったノンアルコールフレーバーをラインアップ。爽やかで親しみやすい、けれど新しい組み合わせが、これまで日本酒にふれてこなかった層に間口を広げています。

似た例としては、安倍前首相がオバマ元大統領に贈ったことで知られる獺祭ジョエル・ロブションとコラボレーションし、日本酒をつかったクグロフやマカロンを販売しています。


楽しみ方をふやす

日本酒は季節と密接に結びついています。その年に収穫した米で仕込み12月から翌年1月にかけて搾ったフレッシュな日本酒は「新酒」や「しぼりたて」、春から秋にかけて涼しい蔵のなかで熟成した日本酒は「ひやおろし」と呼ばれるなど、季節ごとに名前は変わり、2007年頃には夏に楽しむ日本酒として「夏酒」が定着しました。

ジャパンタイムズによると、夏においしく飲める日本酒をつくって欲しいと酒屋が醸造所に依頼したことが夏酒の発祥。夏の暑い日に喉を潤す夏酒はワインを思わせるフルーティーなフレーバーが多く、ロックや冷酒など、様々な飲み方で楽しめます。

夏酒は、ブランドを新たな角度から見直し、季節や催しに応じた商品を開発することがいかに重要か示唆しています。例えば、スパークリング清酒、はターゲット層を意識し、フィギュアスケート選手の浅田真央をブランドアンバサダーに迎えているほか、シャンパンにかわるパーティー気分を盛り上げるドリンクとしての定着を図っています。

洋食とのペアリングを強く意識しているのはWAKAZE。東京とフランスで醸造所を運営し、フランスで醸造している日本酒はフランス産のジャポニカ米とミネラルウォーターから造られ、ワイン樽で熟成しているなどユニークなブランドとして知られ、カモミールやミント、ハイビスカスなどの限定フレーバーを定期的にリリースし、多様なラインアップを展開しています。

こうしたアプローチは、日本酒にふれる機会をふやすだけでなく、多くのイノベーションの創出につながっています。向井酒造の杜氏を務める向井久仁子は、男性中心の業界で実験的な日本酒造りに挑戦していることで注目を集めています。東京農業大学醸造課に在籍していた頃から取り組んでいた、故郷京都の赤米をつかった「赤い日本酒」をはじめとするイノベーションは、日本酒業界に新たな風を吹き込んでいます。

 

消費の促進

社会が成熟するにつれ、より便利な商品が求められるのが常。1964年に発売されたワンカップ大関は、それまで一般的だった一升瓶から一合瓶のカップ酒として初めて販売された商品で、今日に至るまでコンビニの定番商品として親しまれています。

よりヒップな顧客層をターゲットに開発されたのは、月桂冠のTHE SHOT。純米、大吟醸、本醸造、うすにごりの4種類から選べるラインアップで、外出先で気軽に日本酒を楽しめる商品となっています。

海外では、これまでなかったかたちの日本酒として、スパークリングゼリーが登場。美容効果の高いヒアルロン酸やセラミドを配合したIKEZO が注目を浴びています。「口のなかでパーティーが繰り広げられているよう」との評価。イェーガーボムを和風にアレンジし、パーティードリンクとして広まったカクテル「酒ボム」を思い起こさせます。


日本酒の未来

私達を取り巻く社会や経済は、過去数十年で劇的な変化を遂げており、それは消費者も同様。グローバル化が進むなか、ぽんしゅグリア、日本酒ベースのマティーニやモヒートなど、異なる文化が融合したカクテルが一般的になっています。一時は衰退の危機を迎えていた日本酒がグローバル市場で成長していくことは、疑いようがないといえるでしょう。

これを予見するかのように、Sake Hundredは、すでに国際的な日本酒ブランドへの第一歩を踏み出しています。最近のモエ・エ・シャンドンとアンブッシュドンペリニヨンとレディーガガのコラボレーションの成功が示しているように、次の段階に到達するために必要なのは、創造的なコラボレーションなのかもしれません。