トマトの夜明け
Eat 2号: ストリートフード

この記事は2000年10月に公開されたものです。
毎年8月の最終水曜日にスペイン・バレンシア地方の小さな町、ブニョーレで行われるトマト祭り。町には多くの観光客が訪れ、この日、人口は3倍近くにふくれあがる。
いったい果物なのか、それとも野菜なのか。実際、これほどすばらしい食材はそうないだろう。その暗く、ミステリアスな過去もふくめて、トマトの不思議に迫ってみた。
ページを飾っているすてきなアイテムをゆっくりじっくり眺めてみてほしい。あなたのいいたいことはわかっている。なんだ、トマトじゃないか。サラダの具、ピザやパスタのソース、スライスをハンバーガーにはさんで……。たぶん過去24時間のあいだに、ほとんどの人がなんらかの形でトマトを口にしていることだろう。
メキシコ、インド、イタリア……。トマトは世界じゅうの国々で、食卓に頻繁にのぼる食材だ。だが、スーパーマーケットの棚にうず高く積まれるトマトたちは哀れにも通り過ぎられるか、あまり何も考えずにカゴに入れられる運命をもつ。
いや、トマトはそんな扱いをされるべきものじゃない。なぜかって? これは深く、暗く、はかりしれない秘密をはらんだ食べ物だからだ。ひらたくいえば、誰もはっきりとは、この食材の起源を知らない。遺伝子工学によって「しゃべるトマト」でもできない限り、これからもその謎は解き明かされないのだろう。

トマトコンソメスープ
トマトはもともと南米原産だと考えられている。現在ペルー、ボリビア、エクアドルとなった地域で、アステカ族やインカ族によって、西暦700年ころにはすでに作られていたといわれている。800年ものあいだ、高度に発達した文明をもつこの部族は、汁気がたっぷりで香りのよいこの作物を自分たちだけの秘密にしていた。そこにヨーロッパ人が攻め入ってきたのである。スペインの征服者たちは、じつに忠実なキリスト教徒として、精力をかたむけて南米の先住民たちを殺戮し、手ひどいやり方で改宗させた。征服者たちはその合間に、中世のショッピングバッグにトマトを1つ2つしのびこませ、ヨーロッパにもち帰る程度の時間はあったようだ。
一見なにげないその行為が、南ヨーロッパ全体の食事を決定的に変えてしまった。イタリアやスペイン同様、フランスもすぐにトマトを取り入れた。催淫作用があると信じられていたこの不思議な赤い実は「愛のリンゴ」とよばれ、大量に消費されるようになった。
ヨーロッパも北のイギリスとなると、ご想像どおり、少し違ったリアクションが見られた。その色から危険を連想したイギリス人は、トマトには毒があると考えた。それゆえ、装飾品として、あるいは2、3人くらい毒殺できればと思ったのだろう、フランスへの輸出用にのみ栽培された。
300年が経ち、時はヴィクトリア女王の治世の初期。イギリス人たちはヨーロッパの他の国ではずっと前から知られていたトマトの実情を知り、ようやくトマトを食用に栽培しはじめた。大英帝国が各地に勢力を伸ばしたのが幸いして、トマトは世界中でもっとも手に入りやすい野菜の地位を勝ちとった。

チェリートマトのウォッカ漬け
ところで興味深いことに、中世のイギリス人はある意味で正しかった。トマトはベラドンナ、ヒヨス、マンドレークといった有毒植物と同じナス属である。そのため19世紀なかばまでずっと、トマトは生で食べないほうがよいといわれていたのだ。だが、不幸なトマトの話は、それだけでは終わらない。トマトが世界的に受け入れられるや、当局とのトラブルが始まった。裁判所に呼び出され、その分裂的性質が問われることになったのだ。アメリカ政府は詰問する。
トマトよ、汝は果物なのか、野菜なのか。 最高裁判所いちばんの頭脳をもってしても、これには悩まされた。その判決にはある島の経済がかかっていた。ことの次第はこうだ。1883年のアメリカ法の条款によれば、西インド諸島から輸入されたトマトは果物ならば課税され、野菜ならば非課税になっていた。もしトマトが果物なら、西インド諸島のトマト栽培者たちは、ほぼ間違いなく破産だ。
1887年の2月4日、手を尽くして集めた専門家の意見、辞典、そして関係資料を当たった結果、最高裁判所はついに結論をくだした。果物のようではあるものの、やはりトマトは野菜である、と。 「基本的にトマトは、キュウリ、カボチャ、インゲンやエンドウと同じく、つるになる実である。だが、民間一般の表現からすれば、これらはすべて野菜である」
裁判長はこういいわたした。
西インド諸島のトマト栽培者は胸をなでおろし、アメリカ人は安心してトマトをせっせと腹に詰めこみ、トマト消費量の世界1位の座を得るまでになった。現在、平均的アメリカ人は年間1人あたり、生で約8キロ、加工した形で約32キロのトマトを食べている。
あなたが次にトマトをフォークで口に運ぶときは、その祖先が体験した苦難の道と、今もそこに秘められているかもしれない秘密を思ってみてはどうだろう。

トマトにまつわる10の話
- 英語の“tomato”は、アステカ語の“tomatl”から来ている。
- ヨーロッパに輸入された最初のトマトは金色だったため、「黄金のリンゴ」とよばれるようになった。こんにちでもイタリア語でトマトを“pomodoro”(pomo=リンゴ、oro=金)という。
- トマトの果肉は肌によい。ホームメイドの美肌法を1つ。ヨーグルトと混ぜて顔に塗り、15分間おいて洗い流す。
- スーパーマーケットで売られているトマトのほとんどは、青いうちに収穫し、貯蔵室で熟成させる。つるに生ったまま熟れたものが、もっとも風味がよい。果肉が締まり、色合いが豊かで、強い香りのするものが本来のトマトだ。
- トマトは亜熱帯性植物なので、室温で保存するべき。冷蔵庫にいれると風味がそこなわれる。
- 自然なもののなかで二日酔いに最も有効な薬がトマトジュースだという。個人的には、ウオッカおよびウスターソースを混ぜたほうが効果的だと思う。ただし風味を少々、加える程度の量に。
- ヘルシーな食べ物ということでは、トマトはかなり優秀だ。リコピンが多く含まれ、週に10回食べれば、男性の前立腺ガンの発生率を減少させる。ビタミンCと抗酸化物質も多く、心臓病、ガン、白内障の予防にも効果がある。
- アメリカでトマト以上に消費量の多い野菜はジャガイモとレタスだけ。
- トマトのおもな品種は以下の9つ。ビーフステーキ、グローブ、プラム、グリーン、チェリー、ナシ、カラント、パープル、そして縞入り。
- 青いトマトは熟したリンゴ1個と一緒に、穴を開けた紙袋に入れ、室温で置いておくと完熟する。
文/ ナイジェル・ケンダル 写真/ ホセ・フステ・ラガ(世界文化フォト)