水は白い石油か?
Eat 1号: 誘惑

この記事は2000年10月に公開されたものです。

水。地球上の生命の基盤となるもの……。これが今、もっともファッショナブルな飲み物のひとつに数えられている。世界中の企業が容器に詰めて販売する、古き良きH2O。しかし、われわれは値段に見合うだけのものを受け取っているのだろうか?

もはやトレンドの発信源として輝く存在とは言えないハリウッドだが、その時々の流行を権威あるものに見せる程度の力は持っている。だから、デミ・ムーアとブルース・ウィリスが性格の不一致で別れた後も、それぞれお気に入りのトリニティ・ウォーターを飲み続けているとか、ジャック・ニコルソンが「飲み物の持ち込み厳禁」のアカデミー賞授賞式に、エビアンのボトルをこっそり持ち込んだことがスクープされたりする。ラクエル・ウェルチが洗髪にまでエビアンを使っているとの報道にいたっては、西洋社会において水の瓶詰め化の輪が完成していることの証と言ってもかまわないだろう。

ボトルドウォーターの消費はこの10年で大幅に増え、今や年間の成長率は推定10パーセントという勢いだ。この分野の先進国フランスとイタリアの消費量は、1人あたり年間100リットル以上。ドイツでは、ボトルドウォーター人気のあおりから、国民的飲み物であるビールがダメージを受けているほどだという。ヨーロッパ嫌いで有名なイギリスでさえ、ヨーロッパ大陸寄りに見えるにもかかわらず、ボトルドウォーターを喜んで迎え入れた。

日本での消費量は、まだ1人あたり年間5リットル強にすぎないけれど、開発途上の市場に国外から製品が集まるにつれて、消費量は雪だるま式に増えていくだろう。その日本で今、話題になっているのは、2000年の間眠っていた海底水脈から採った真水、深層水だ。「長く貯蔵されていたために、人体の構造に摂取されやすくなっている」という売り手の説明は、自然の冷蔵庫に2000年も放っておかれたものを売り込むには、うまい宣伝文句である。だが日本のトレンドが、明日にもアジアの中流階級5億人に影響することを考えれば、ボトルドウォーターがアジア市場に溢れかえるのも時間の問題といえるだろう。

アメリカで手に入る約700のボトルドウォーターのブランドのうち、80パーセント程度が加工処理水を使用している

ところが売上げの伸びに反して、その中身について情報を得るのが難しくなってきている。このビジネス全体が、消費者の信じやすさを逆手に取った、もっとも収益性の高い陰謀だと糾弾する人もいるほどだ。

批判側の言い分はこうである。深掘りミネラル蒸留水浄水自然の涌き水……成分の定義のあいまいさを利用して、基本的には単なる水道水にすぎないものに、水道水の1500倍もの値段をつけている。実際、アメリカで手に入る約700のボトルドウォーターのうち、80パーセント程度が加工処理水を使用しているという。「地方自治体処理場水」と書かれていたらピンとこなくても、アルプス山脈産っぽさを感じさせるそれらしい名前のボトルが店頭に並べば、消費者の購買意欲はそそられるのだろう。ラベルに雪山をあしらったペプシ社のアクアフィナも、コカ・コーラ社のデイサニも、地方自治体処理場水を使っていることには変わりないにもかかわらず。

さらに話を見えにくくしているのが、すべてのボトルドウォーターがそうであるかのように誤用されているミネラルウォーターという名称だ。天然のミネラルウォーターとは、人体に有益なミネラル分が溶け込んだ、地下水脈から採った水をさしている。カルシウム、鉄、亜鉛、銅などのミネラル分は、食物より飲料水からのほうが人体に摂取されやすい。しかし、安定した品質を持ち、人体に有益な成分を多量に含む水がどこにでもあるわけはなく、ミネラルウォーターは白いガソリンと広く称されるようになった。もともとガイドラインは緩いし国によってもかなり異なるため、自然の水脈から汲み上げられるミネラルウォーターといっても、人体に悪影響を及ぼすほどミネラル分が多かったり、害のある成分が含まれることすらある。とくにヨーロッパではその傾向が強い。1990年、ベンゼンが含まれているのが見つかり、1億6千万本も回収されたペリエはその一例で、会社はその打撃から、まだ完全に立ち直ってはいない。

もちろん、ボトルドウォーターの会社が客に毒を盛ろうとしているわけはないから、彼らは声を大にして、商品の安全性をアピールする。だが、水という普遍的な物質が莫大な利益を生み出す産業となっている今、消費者が無条件に寄せる信頼は、エビアン(Evian)を逆につづった言葉、ナイーブと見えてしまう。皮肉なことに、われわれは結局、ハリウッドの先例に従うことになるのかもしれない。「あなたはどうして水を飲まないのですか」と訊かれた銀幕の伝説的コメディアン、WC・フィールズはこう答えている。「魚がその中でファックするんだぜ」

文/ヴィクター・フランス 写真/古里司