僕らは不器用なんかじゃない
Eat 4号: 身体

この記事は2001年4月に公開されたものです。
右利きが圧倒的マジョリティーを占める社会において、左利きが抱える苦労は右利きの想像をはるかに超える。左利きは、いつだって右利きのための道具を使うことを余儀なくされているのだ。ハサミ、皮むき器、パンナイフ……。今回は、左利きの人々による左利きのための台所用品にスポットを当ててみた。
ビーンズをのせたトーストを食べたい時、たいていの人はパンをトースターに入れて、缶切りでビーンズ缶を開ければそれで事はすむ。だが、10人に1人はいる左利きにとっては、この缶を開けるという単純な行為も、指を切りやしないか、ビーンズをこぼしやしないかといった心配をはじめ、果てしないフラストレーションになりうるのだ。

もしあなたが左利きで、しかも豆をこぼしたくなければ、助けはすぐ(左手の)近くにある。ローレン&キース・ミルソムがオーナーを務める「エニシング・レフト・ハンデッド(左利き用なら全てここに)」は、家族経営の左利き用品専門店。前オーナーはキースの父親、一家は皆、左利きだ。店ではこの30年間、「サウスポー」の生活が少しでも楽になるようアドバイスや商品を提供してきている。ロンドンのソーホー中心街にある、目立たないごく小さなこの店には、園芸用品から文房具までさまざまな道具が所狭しと並んでいる。右利きが店に入る時、まず気づくのは“間違った方向に回る”ドアのハンドルだろう。中に入れば、そこは左利きにとって莫大な財宝を抱えるアラジンの洞穴だ。右利きの筆者にとっては、鏡を通して世界を見ているようなもので、左利きにとっての人生がどんなものであるかを気づかせてくれる。
店のマネージャーのランスとサマンサは1週交代で働いている。人なつっこくて意欲的、しかも感受性豊かなランスは、店の見た目を魅力的にすることや、客を手助けすることに誇りを持っている。左利きの子供が親と一緒に店に入ってきて、そこにある道具を片っ端から試す。2、3分もすると、親たちは今まで不器用で変だと思っていた自分の子供の動きが正しい道具を使うだけで優雅になる姿を見て、子供に対する自分の尺度がいかに間違っていたかに気づく。そんな様子を見るのが、彼にとっての喜びだ。
当然のように右利き用道具を強いられる、左利きの不自由
左から右へと文字を書く社会において、左利きが直面する最大の問題は文字を書くことだろう。手は自ずと書いたばかりの文字の上をなぞり、インクがにじんでしまうのだ。自身も左利きのランスは、左利き用の万年筆を常備するだけでなく、左利きの人たちにきれいで楽な書き方を教えることにも時間をたっぷりかけている。
文字を書くことを別にすれば、ほとんどの左利きにとっていちばん厄介なのは台所だ。標準仕様の缶切り、キッチンバサミ、野菜の皮むき器は、すべて右利き用に作られている。左利きにとって、缶切りは後ろ向きに動くし、ハサミの使い心地は悪いし、野菜の皮むき器に至っては手前にというより向こう側に押しでもしない限り、ほとんどお手上げ状態だ。だが、左利き用の皮むき器の場合、刃が反対側についているので簡単に皮がむくことができる。同様に、左利き用のパンナイフには刃の右側に切りこみ部分があるので、左利きの人でも厚さにばらつきができたりせず、きれいにパンをスライスできる。もう1つ人気が高いのは、刃が反対側についているペストリー用フォーク。ランスは言う。

「店にまっしぐらで駆け込んで来て、わき目も振らずにペストリー用フォークに近づき、『もう我慢できない!これを1つもらうよ!』と言ったタフな男が何人いたことか、信じられないくらいですよ」。店にはまた、時計と逆周りに回すコルクの栓抜きや左利き用に注ぎ口がついたミルクパン、玉じゃくし、右側に刃のついたペストリー・スライサー、そしてそのほかにもたくさんある左利き用お役立ち製品と並んで、本格的に料理をするサウスポーのための膨大な種類の包丁が用意されている。中にはハンドルを右にも左にも回せる左右両用のハーブミルもある。右利きと左利きが共用している台所なら、これは便利だろう。
ミルソム夫妻によれば、多くの左利きは長年右利き用の物を使って「何とかやって」きていて、自分たちが生まれつき不器用だと思い込んでいたことの本当の原因が「後ろから前へ」式の道具を使っていたせいだと気づくチャンスすらないという。
筆者も自分の目で確かめてみることにした。今までサウスポーにとって使い易い工夫のされた道具に頼ったことがなかったという左利きの友人、ジョンはプロのオーボエ奏者で、30年以上も「右利き用の」オーボエを演奏している(左利き用のオーボエなどありはしない)。最初は懐疑的だった彼も、選りすぐりの台所用品を試すことに同意。ジョンは「eat」のテスト会場にワインボトルを持参したので、さっそく左利き用のコルクの栓抜きが登場。もっともベーシックで単純なタイプの物(£2.95)だったが、彼はすぐさまこう言った。「ずっと簡単だよ!ボトルを回してないんだ!いつもはボトルの方を回さなきゃならないんだから」

続いてハサミを試してみた。「ずっときちんと切れるね」皮むき器。「すごい!素晴らしいじゃないか。いつもは向こう側に向けて皮をむかなきゃならなかったのに。押すよりも引く動作の方がずーっと簡単じゃないか。マッシュポテトなんてすっかり過去の物になってたけど、もう皮つきのジャガイモなんてごめんだね」。そして最後にパンナイフを試した。「見てくれよ」。完璧にきれいに薄くスライスしながらジョンは言った。「ずっといいね。これでもう分厚いトーストを食べる惨めさとはおさらばさ」
テストが終わると、彼は自分の気持ちを簡潔にこう語った。「とても驚いたよ。新事実だね。自分が不利な状況で苦労しているなんて、今まで考えてもみなかったよ。こんな風に使いやすくなるなんて思いもしなかった」
「エニシング・レフト・ハンデッド」についての詳細は、下記のホームページまで。www.anythingleft-handed.co.uk
文/ クリスティン・ブース 撮影/アレックス・マクドナルド