海上のパラダイス
Eat 13号: Exile

この記事は2003年2月に公開されたものです。
真の自由と独立を得るために国家を創ろう。そんな起業家精神旺盛な野心家たちは決して少なくないらしい。で、彼らの本当の目論見は?ミニ国家の住み心地は?英国東岸沖に浮かぶ、シーランド公国の場合。
自分だけの場所、といってもマイホームではなくマイカントリー、つまり自分の国がほしいと思ったことはないだろうか?まさかと思うかもしれないが、いま世界には(主に書類上でだが)「超小国」がはびこっている。ほとんどの大国はこうした20世紀の成り上がり連中を認めていないものの、独立を目指して一匹狼的な努力を続けるとりわけ意志強固な自称統治者たちは、そんなことくらいであきらめたりしない。
なかでも特に頑強で、特に不格好なのが、英国東岸沖約10キロに位置する小国。元英軍少佐パディ・ロイ・ベイツの起業家精神から生まれたこの国は、当初1960年代の海賊放送『ラジオ・エセックス』の拠点として考案されたものだ。公海上に基地を探しに出かけたロイ・ベイツは、第2次大戦後に放置されていた対空要塞に意中の場所を発見。反逆的発想はさらなる反逆的発想へと連なり、1965年9月7日、要塞に赤白黒の三色旗を掲げたロイ少佐は新国家、シーランド公国の支配者ロイ公となったのだ。

Photo courtesy of HavenCo
小人国並みの狭さゆえに他の国々から赤ん坊呼ばわりされているが、シーランドはまっとうな国家組織としてのあらゆる特徴を有している。1969年から発行されている切手とパスポート、米ドルの為替レートに固定された通貨、紋章、王室憲章、立派な法典、周囲の海12カイリを含むという領土。
さらにシーランド公国には軍隊もあり、戦闘の経験も皆無ではない。シーランド軍は公海上で英国軍と銃火を交えたこともあるし、1982年のフォークランド紛争時にはアルゼンチンから対英戦の援護を請われた(ただし、これは断った)。1978年のマイケル王太子誘拐事件(最終的に無事帰還)のあとには、この国に恨みを抱く元シーランダー相手にちょっとした小競り合いを演じたこともある。その男はシーランドの偽造パスポートを大量に売りさばいていたのだが、偽造パスポート所持者のうちもっとも悪名高いのは、ジャンニ・ヴェルサーチ殺しのアンドリュー・クナナンである。
公式パスポートの入手は決して簡単ではない。本物のパスポートを持つ160名は「何か実のある方法でシーランドに協力して国籍を得た人ばかり」だと、あるスポークスマンはいう。いわば「合格者」である彼らにとってシーランドの生活は、新住民ローリー・エレン・ウィーブの言葉を借りるなら「ファーストクラス」。ネズミはおろかゴキブリもいないし埃も立たない。あるのはさわやかな潮風と、たまに英国から迷い込むハエくらいのもの。騒音公害に悩まされる大国と違い、シーランドで聞こえてくるのは海を渡る風のささやきと、分厚いコンクリートの壁を叩く波の音くらいだ。陸地から遠く離れて暮らすシーランドの人々ではあるが、ロブスターからスフレまで何でも調理できる厨房には巨大な食品貯蔵庫が備わっているので、腹を空かせることはない。
娯楽施設も予想以上の充実ぶりだ。スポーツジム、インターネット、ゴルフレンジと暇つぶしには事欠かない。こうした数々の利点にもかかわらず、シーランダーの滞在期間はそう長くはない。国がドラッグやアルコールを禁じているせいかもしれないが、この要塞で1年以上過ごした人はまだひとりもいないとのこと。それとも広さの問題なのか。国を離れるとき必ずほかの人に行き先を告げるのが慣例の、野球場の内野程度の領土では、競争社会とは無縁の暮らしも大して価値がないのかもしれない。
だが、シーランドに惹かれるのは骨の折れる退屈な競争から逃れてくる自主亡命者だけじゃない。通常のような政府の規制を受けない洋上の「データ・ヘイブン(データの避難地)」を作れば大儲けできると考えたのは、米国の民間企業ヘイブン・コー社。シーランドと手を結んだ同社が21世紀に向けて提供する「コロケーション管理サービス」は、ウェブ・サーバーのハードウェアを窒素ガスの充満した部屋に収め、銃器携帯の警備員らと広く青い深海によって守ろうというもの。税金や法によるデータ規制からの自由を切望するオンライン・カジノその他のベンチャービジネスには、絶好の条件といえるだろう。

Photos courtesy of Principality of Sealand
平和と調和のためであれ、金儲けのためであれ、シーランドは自分を送り込むにはなかなかユニークな場所だ。ただし、この国をもっと間近で見たいと思うなら、まず入国ビザを手元に用意しておくべき。予告なしに、あるいは許可なしに姿を現すと銃撃される可能性もあるので、ヘリコプターで(これが唯一の入国手段)ジェイムズ・ボンド風にふらっと立ち寄ろうなどと考えるのはよしたほうがいい。
文/ ジェニファー・パーヴィス
バナー画像/ © Chris Steele-Perkins / Magnum Photos Tokyo