ブランドのことばを紡ぐ

ブランドのプレゼンスを高めるバーバルアイデンティティ

2021. 09. 24

ジョン・コレト / ブランド・ストラテジスト

製品の価値や認知度を高め、ビジネスの成長を育むブランディング。その象徴として真っ先に浮かぶのは、ロゴやブランドカラーといった視覚的要素ではないでしょうか。昨今はタイポグラフィやレイアウト、モーショングラフィックなどに目を向けている、ビジュアルブランディングに造詣が深いビジネスが多く見られるようになりました。

一方で、過小評価が目立つのはブランドコンテンツ。ソーシャルメディアやコンテンツマーケティング、動画、オンライン広告…。24時間、大量の情報が行き交う今日の社会において、ほかのブランドと差別化を図り顧客との精神的つながりを創出する上で、ブランドコンテンツは重要な資産になり得ます。

様々な情報が溢れるなか、自ブランドのコンテンツをタイムリーに届けるには、どのような手段がかんがえられるでしょうか。その答えのひとつが、ブランドの姿勢やパーソナリティを感じられる言語的要素、「バーバルアイデンティティ」です。

Eat Creativeと親交の深いブランディングエージェンシー、Verbal Identityの創業者クリス・ウエストは、数多くのブランドのバーバルアイデンティティの策定に関わり、顧客エンゲージメントの向上やブランドコンテンツの開発、ブランディングの強化に取り組んでいます。今回は、ウエストが新たに出版した「Strong Language: The fastest, smartest and cheapest marketing tool you’re not using」から、バーバルアイデンティティに関する知見をご紹介します。


変化するメディア環境と「ことばのデザイン」

バーバルアイデンティティが重要になっている背景として、ウエストはパフォーマンスマーケティングの普及を挙げています。パフォーマンスマーケティングは、テクノロジーを活用しながら最適なチャネルを選択し、ターゲットと効率的にコミュニケーションを行うことを目的にしています。ほかのマーケティングアプローチと組み合わせることにより、すべてのタッチポイントでターゲット顧客とのつながりを創出することを可能にするパフォーマンスマーケティング。ここで問題となるのは、注目を集めたからといって、それが何らかの能動的なアクションに結びつくとは限らないことです。

「多くの企業がグーグルやフェイスブックに投資し、人びとの関心を集めるべく競い合っているが、より重要なのは関心を勝ち取った後、どのように魅了するかだ」

テクノロジーの進化により、バーバルアイデンティティによるブランドの差別化は、かつてないほど効果的になっているとウエストは語ります。ウェブサイト、投資家向けのパンフレット、ソーシャルメディアなど多くのタッチポイントにおいて言語的コミュニケーションは重要な要素で、人びとはニュアンスの違いを敏感に感じ取っているのです。

「言語的な表現を目にした際、人びとは自然と鑑識のようにそれを観察する。2つのことなるブランドが作成した80ワードのテキストを前にして、違いがわかるほどに」

これは、業界やターゲット層に関わらずいえることです。金融やヘルスケア、航空会社など、規制の厳しい業界でさえ、言語面でのブランドの差別化は可能です。

「多くの企業が、言語面でのブランディングに関して誤解している…ほかの企業が自ブランドと違うスタイルでコミュニケーションを行っているのを目の当たりにするまで、実際にどれほどのことが可能か、気づかないでいるのだ」

ウエストは一例として、ニュージーランド航空が制作した機内安全ビデオを取り上げています。そのユーモラスな内容は、企業がシリアスなメッセージを伝える際の姿勢、そして顧客がブランドから得られるコミュニケーションへの意識を変えることにつながりました。

強いバーバルアイデンティティが及ぼす影響はブランドの外部だけでなく、内部に及びます。コミュニケーションチャネルの多様化により、マーケティングチームはかつてないほど多くの課題とプレッシャーに直面しています。「マーケティングチームのリーダーは、少ない時間と予算で、より多くの成果を創出するよう求められるようになっている。ブランドのバーバルアイデンティティが一貫していることにより、それぞれのチームが同じルールに従いながら企画を行い、フィードバックを取り入れ、コンテンツの見直しを容易に行えるようになる」


バーバルアイデンティティの策定

では、ブランドに適したバーバルアイデンティティは、どのように策定すればよいのでしょうか。すべては顧客からはじまる、とウエストは語ります。NetflixやApple、お気に入りのシリアルブランド…何れにせよ、顧客が日々のくらしのなかでどのブランドと、どのように関わっているのか理解することで、ブランドに求められる言語的コミュニケーションについて様々な知見を得られます。

バーバルアイデンティティがそれほどに効果的ならば、見過ごされているのはなぜなのでしょうか。その理由のひとつに、バーバルアイデンティティがロゴなどの視覚的要素と比べ、実体的で分かりやすいコンセプトではないことが挙げられます。「多くのビジネスにおいて、ブランドのバーバルアイデンティティは、1ページ、4つの形容詞にとどまっている…これは、ブランドがどのようなことばで語るのか、社員全員がそれぞれ異なる意見を持っていることに由来している」

実体的で効果的なバーバルアイデンティティを策定するには複数のレイヤーが必要になる、とウエストは続けます。

「人びとが優れたバーバルアイデンティティについて語る際、製品について言及しているのではなく、ブランドの価値観やモノの見方について言及している。それは例えるなら、10000フィートの高さからすべてを見通すような視点だ。それこそが、理想的なバーバルアイデンティティといえる」

2つ目のレイヤーは、1000フィートの高さから見た視点で、これはブランドのパーソナリティに例えられます。ブランドの理念や特徴を鑑みて、どのような口調がふさわしいのか。「このブランドを人に例えると、どういう話し方で、どういった発言をするのか」

最後のレイヤーは、目に見える、聞こえることばそのものです。「分かりやすい例を見てみると…『Lexicon』という単語については、用いるブランドと、用いないブランドの両方が挙げられる。ブランドはそれぞれ、一種の文法をそなえている。フォーマルなのか、話し口調なのか、文章の長さはどれくらいかなどといった要素だ」


バーバルアイデンティティの価値

強いバーバルアイデンティティの価値は、国や言語を跨いで活動しているブランドにとっても同様です。バーバルアイデンティティは、異なる文化において、ブランドのパーソナリティがすべてのコンテンツに一貫して見られるよう徹底する上で大きな効果を発揮します。バーバルアイデンティティは翻訳を超えて、当該国の文化に適した、それでいてブランドらしい言語的表現を可能にするからです。

「強固なフレームワークを確立することで、文章だけでなく価値観や理念によって導かれる『トランクリエーション』が可能になる」

この情報化社会においてブランディングに求められるのは「どのようにしてより多くの人びとの目にふれるか」ではなく、「どのようにして人びとと親密な関係を築くか」に変わっています。愛すべくブランドになるには、ユニークなパーソナリティや心に響く「ブランドの声」を持つことが重要なのです。

ウエストの「Strong Language: The fastest, smartest and cheapest marketing tool you’re not using」は、9月28日に発売。Amazonで購入可能です。