成長は感動から

南雲克明 トリドールホールディングス執行役員兼CMO KANDOコミュニケーション本部長 丸亀製麺取締役マーケティング本部長

2024. 07. 22

遠藤建 / コンテンツディレクター

「Eat Takeaway」は、世界で活躍するブランドリーダーやマーケティングリーダーに直近の抱負と課題を教えてもらうシリーズ。インタビューから得られた学びを「Takeaway」として読者のみなさまにお持ち帰りいただきます。

今月は、外食チェーンのトリドールでマーケティングを統括する南雲克明氏。顧客と従業員のエンゲージメントを一体化させたユニークな手法で、グローバルな事業を着実に成長させています。コンセプトの中心に据えた「感動」は、どんなメカニズムで成果を生み出すのでしょうか。社会を変えるかもしれない「感動ドリブンマーケティング」について詳しくうかがいました。

(インタビュー:遠藤 建/Eat Creativeコンテンツディレクター)

トリドールはどんな会社?

世界約30のカ国と地域で、約2,000店舗(約20ブランド)を展開する日本のグローバルなフードカンパニーです。創業社長のもと、来年で40周年を迎えます。主力ブランドのひとつは、もうすぐ創設25年になる丸亀製麺。日本で独自に育てたブランドのほか、M&Aで傘下に収めた海外ブランドも運営しています。国境や文化の違いを越え、ユニークな体験価値で繁盛しているブランドばかりです。

基本となる理念は「感動を創造して成長する」ということ。

これまでの経歴とトリドールでの役割は?

マーケティング歴は20年以上。スポーツ業界で約10年、外食業界に移って11年が経ちました。前職でフードビジネスの面白さに魅せられ、グローバルな舞台で成長を志しました。トリドールは2018年にマーケティング部長として入社し、2021年から執行役員も務めています。2022年からはチーフマーケティングオフィサー(CMO)になり、KANDOコミュニケーション本部長として広報、インターナル、マーケティングのコミュニケーションも統括しています。事業子会社の丸亀製麺でも取締役とマーケティング本部長を務めています。

提唱する「感動ドリブンマーケティング」とは?

基本となる理念は「感動を創造して成長する」ということ。「ブランドバリュー」「カスタマー体験」「エンプロイー体験」「ソーシャルグット」のすべてを「感動体験」によってスパイラルアップさせます。感動体験となるコアアイデアを真ん中に置くことで、従業員と顧客体験を向上させ、ブランドのパーセプションや価値を高め、社会から共感と応援を得ながら業績を上げていくモデルです。マーケティング、広報、インターナルで総勢30人ぐらいのメンバーが「感動ドリブンマーケティング」を駆動させています。このように社内外のコミュニケーションを統合させたマーケティングは珍しいと思います。「食の感動で、この星を満たせ。」というスローガンから出発し、コーポレートサイトでもダイレクトにコンセプトを表現しています。

感動で本当に成長できる?

ブランドが持続的に選ばれる確率を高めるため、感性とデータサイエンスの両面からマーケティング戦略・戦術をつくり、実践し、その効果を検証しています。ただ利益を上げるのではなく、感動創造こそが利益の源泉になるという根本原則を従業員たちに腹落ちしてもらうのが大切。トリドールではパートナースタッフさんを含む約3万人の従業員が働いており、それぞれが「感動クリエイター」として感動の創造に関わっています。顧客ロイヤルティを測るNPSスコアは、ここ3年間で400%も上がりました。これは感動の数が増えている証明です。従業員のモチベーション向上に伴い客数が増え、業績が上がってお褒めの言葉も増えてきます。このプロセスを真ん中で回している力が、感動体験の創出なのです。

みんなが諦めてしまう難題の先には、ブルーオーシャンが待っているかもしれません。

コスト効果より感動を重視する理由は?

例えば効率化で短期的に1億円の利益が出るとわかっていても、感動を捨てると将来的にお客様が減っていきます。みんなが最初から合意しやすい方針は、そもそも多くの人々が思いつける安易な発想。逆にみんなが諦めてしまう難題の先には、ブルーオーシャンが待っているかもしれません。事前に合理性のない選択は、参入障壁にもなり得るのです。最近発売した「丸亀うどーなつ」も、合理的な思考からは生まれにくい商品でした。諦めずに3年がかりでデビューさせ、最初の6日間で100万食を完売し、発売開始3週間で300万食を突破。「うどん生まれ」・「他にはないもちもち食感で美味しい」という感動だけでなく、この商品がエントリーポイントになってうどんの顧客層を広げたり、テイクアウトのうどん弁当が売り上げを伸ばしたりします。成功が保証されていなくても、他社がやらないアプローチだから消費者の想像を超えた体験が創出できるのです。

多くの人が働きたいと思える職場にしなければ、ビジネスの成長も見込めません。

顧客と同じくらい働く人にアプローチする訳は?

お客様の感動体験は、従業員の感動体験なしで生み出せません。だからスタッフの内発的な気づきを引き出すことが重要になります。職場での「やりがい」や「幸せ」で従業員エンゲージメントが高まれば、離職が減って「もっと感動体験をつくりたい」と思うスタッフが増えてきます。外食産業が抱える人材不足の問題は、特に日本で深刻化しています。多くの人が働きたいと思える職場にしなければ、ビジネスの成長も見込めません。だからこそHRとマーケティングの領域を一体化したモデルで、常に5年先を見据えながら取り組む必要があります。

社内のコンセプト浸透で苦労したことは?

店舗には既存顧客にまつわる事情もあり、入社した頃は改革を進めようとするたびに「南雲って何者?」みたいな不信感を抱かれていました。だから最初はまず相手の話をしっかり聞いて、難しい社内の要望にも全力で応えながら信頼の獲得に努めました。その上でロジカルに改革を進め、数字が上がってくると「南雲は仲間だ」と思ってもらえるようになります。丸亀製麺の麺職人制度を全店に配置するアイデアも、当初は非現実的だと猛反対されました。それを何とか4年がかりで実現したら、「うどんが美味しい」という評価が高まりNPSスコアが上がり、現場のモチベーションと誇りが業績のアップにもつながっています。

自分の立場、企業、業界などの枠を超えて、感動を社会に波及させたい。

今後の事業目標は?

現在のトリドールは、国内の外食産業で6〜7番手ぐらいの企業です。当面の目標は、運営している約2,000店舗を2028年3月期末までに4,900店舗に増やし、現在2,300億円の年間売り上げを4,200億円にまで伸ばすこと。この計画が成功して日本のトップ3に入れば、存在感が高まってファンの裾野も広がってくるでしょう。事業を着実にスケールアップすることで、ゆくゆくは世界のトップ10入りを目指します。その頃になれば、ようやくトリドールの掲げる「食の感動で、この星を満たせ。」という理想も現実味を帯びてくるはず。具体的なビジネスの指標は避けて通れません。事業を通して「感動で成長できる」ことを証明します。

ビジネスで社会をどう変えたい?

マーケティングには、まだできることがたくさんあります。そのひとつは、日本社会を停滞から脱け出させること。日本の外食業界は、50年前からあまり変わっていません。賃金にも、労働環境にも、社会的地位にも課題があります。もっと働く人の価値を上げ、取引先ともウィンウィンでビジネスをしたい。自分の立場、企業、業界などの枠を超えて、感動を社会に波及させたい。外食産業のステータスが上がり、働く人の価値や給料が上がれば、きっと社会全体も変わります。日本の食文化の素晴らしさをグローバルに発信し、日本の国際社会における存在価値や貢献を高めていく一翼も担いたい。トリドールが抱える多彩なブランドで、ポジティブな変化を起こそうと頑張っています。

Eat Take-Away

  1. 顧客のハッピーは従業員から。隗より始めよ。顧客を感動させたいのなら、まず従業員の感動が必要です。現代の労働市場では、優秀なスタッフを獲得できなければ持続可能な成長も見込めません。改革者の南雲氏はマイクロマネージメントを避け、チャレンジが賞賛される企業風土を育てています。

  2. ジレンマはブルーオーシャンの入口。以前から「二兎追うものは一兎も得ず」という諺に反発を感じていた南雲氏。利益か品質かと二択を迫られるたび、品質や体験に大きく投資することで長期的に成長できる第三の道を模索してきました。一見不合理な「二律の両立」を目指すことで、ユニークなブランド価値が手に入ります。

  3. 着実な成果でチャレンジを継続。失敗のリスクもある投資や改革には、仲間たちからの信頼が不可欠。社内の反対意見にも向き合って不安を取り除き、その上で決めたことは時間がかかってもやり抜きます。努力の末に成果が出ると、信頼がさらに強固になって新しいチャレンジが可能になります。

​この記事はお役に立ちましたか?もしご関心を寄せて頂けたなら是非こちらから無料購読にご登録ください。これからも定期的に配信予定の当社マーケティング関連コンテンツをいち早くお届けします。