レトロブーム再び
藤岡華奈子 / プロジェクト・コーディネーター
どうやらレトロが大流行している。新しいアップルのMacBookは50〜60年代のモダニズムを彷彿とさせるデザインだし、飲食料品のパッケージにも60年代のグルービーなテイストがある。そしてZ世代は一昔前の2000年代ファッションに回帰しているようだ。
業界や市場を超えて、レトロなスタイルがますます目に付く。日本にもコロナ禍の前からレトロブームが到来しており、Z世代の間では昭和レトロや平成ギャルが好意的に思い出されるようになってきた。
このようなリバイバルの流れは、単一の理由で説明できない。それでも言えるのは、多くの人がレトロな雰囲気でインスタ映えを狙っていることだ。不安な時代だからこそ、古き良きものへの同化に親しみや安らぎを感じるのかもしれない。
レトロやヴィンテージが再発見される歴史は、これまでも繰り返されてきた。ファッションのトレンドは、最初のブームから20~30年後に再び脚光を浴びることが多い。思えば90年代には60〜70年代へのノスタルジーがもてはやされたし、2010年代には90年代がリバイバルした。過去の流行に引き寄せられるのは人類共通の傾向で、未来永劫に繰り返されるありふれた現象なのかもしれない。
いずれにせよ、現代社会の憂さ晴らしからレトロな懐かしさに惹かれる者たちは、その共感によって新しい仲間たちとつながることもできる。西武園ゆうえんちが2021年のリニューアルオープンで昭和30年代の日本を再現したり、パルコと雑誌「FUDGE」のタイアップによる「純喫茶ファッジ in パルコ」が全国6都市で巡回したり、レトロブームは世代を超えた共感の源泉にもなっている。
ここではノスタルジーへの憧れと現在のレトロブームに乗って、デジタル時代のビジネスを成長させているブランド事例を3つ紹介しよう。
ポケモン旧作へのオマージュ
ポケモンは世界最高の売上を誇るメディアフランチャイズだ。1996年の登場以来、その売上高は推定900億米ドルを超えている。人気を博したきっかけは、販売不振に悩んでいた任天堂ゲームボーイのロールプレイングゲームだった。収集癖をくすぐるインタラクティブな仕掛けで小学生たちの心をつかみ、予想外の大ヒットになったのだ。
それまでの一般的なRPGファンよりも若い層に訴求することで、ポケモンは当時苦戦していたゲームボーイ本体の人気も復活させた。発売翌年にはアニメシリーズも始まり、熱狂はすぐ海外にも飛び火する。ゲーム、アニメ、トレーディングカード業界をまたいで、世界的な成功の礎を築いたのである。
発売から30年近くが経ち、当時のポケモンファンは20代後半から30代に差し掛かっている。他の長寿フランチャイズにも言えることだが、世代を超えてブランドやコンテンツが人気を維持するのは難しい。それでもポケモンは戦略的なリメイクによって勝利の方程式を見出してきた。
最初の「ポケットモンスター 赤・緑」がデビューして以来、ゲームソフトはリメイク5本を含む全38本のタイトルが発売された。最新のリメイク版「ポケットモンスター ブリリアントダイヤモンド・シャイニングパール」が2021年に発売されると、現代の子供たちのみならずオールドファンも大歓迎。小学生時代に元祖版をプレーしたファンたちのノスタルジーを再燃させ、Twitterのトレンドを大いに賑わせた。
名作に新たな息吹を吹き込むことで、ポケモンは往年のファンと次世代のプレーヤーに訴求した。旧作を知る親が子供と一緒にプレーする傾向も見られ、世代を超えた人気の継続に成功したのである。
マクドナルドと猫動画のバイラルキャンペーン
マクドナルドも、レトロブームにうまく乗ったブランドのひとつだ。昨年2月に、日本マクドナルドはハッシュタグ「#ShakaCat」(シャカキャット)でTikTokキャンペーンを展開。限定商品「シャカシャカポテト」のプロモーションを成功させた。
プロモーションの要は、2011年に流行した「NyanCat」(にゃんキャット)動画だ。原作者とのコラボし、胴体を「マックフライポテト」に変更したGIFアニメーションを公開(原作ではケロッグ「ポップタルト」のビジュアル)。このキッチュな猫のミームが広く浸透していることを利用し、主に20歳から34歳の男性の認知率50%を目指した。
このGIFアニメーションは販売開始1週間前の「猫の日」(2月22日)に公開したティーザー広告に使用され、その後もインフルエンサーやイラストレーターとのコラボで猫をモチーフにした動画3本を制作する。「シャカキャット」の動画は、TikTokで153万以上の「いいね!」と共に拡散。X(旧Twitter)では45万件の「いいね!」とリポストを獲得した。これはマクドナルドのTikTokキャンペーンで最も成功したキャンペーンの一つに数えられている。
キャンペーン成功の要因は、懐かしさと新しさの融合であろう。「にゃんにゃん」を「シャカシャカ」に置き換えることで、中毒性のある曲をTikTokにシームレスに供給する。動画は海外の視聴者からも注目を集め、ファンアートやファン動画などのユーザー生成コンテンツが商品の知名度アップに拍車をかけた。その結果、「シャカシャカポテト」の売り上げも目標をはるかに上回った。
メルカリが創出した虚構の「実家」
フリマアプリ「メルカリ」で知られるメルカリは、日本におけるEコマースのパイオニアだ。日本初のユニコーン企業としても有名である。そんなメルカリが、昨年に東京原宿で5日間にわたって開催したイベント「ウチの実家」展は出色だった。
まるでタイムカプセルのような懐かしい居住空間に、レトロなゲーム機、ハローキティのアクセサリー、平成アイドルのポスターなど2,000点以上のヴィンテージ品を並べた空間。メルカリのフリマや社員のコレクションから懐かしい品々を調達し、約20年前(2000年代初頭)の生活空間を再現した。来場者が会場に「擬似帰省」すると、待っているのは「擬似家族」の俳優たち。レトロな空間に囲まれた家族写真の撮影にも応じた。
展覧会は、2,000人近くの来場者を集める大盛況。混んだ時間帯には、90分も並んだ人がいたという。写真や動画をInstagramに投稿すると、「アンバサ」や「HI-C」などの懐かしいジュースが当たるキャンペーンも展開。昭和から平成のレトロなアイテムがメルカリの売上急増にも貢献し、90年代後半から2000年代前半の人気アイテムを巧みにキュレーションした「擬似実家」は幅広い層の観客を魅了した。
ノスタルジーを喚起することも重要だが、このキャンペーンの最終的な目的は中古品の価値を浮き彫りにしてメルカリへの出品につなげること。メルカリが2023年11月に実施した調査によると、不用品(隠れた資産)の潜在的な価値は全国で推定66兆円に上る。その多くは捨てられてしまうのが現実だが、メルカリは出品物を一時保管する「エコボックス」と発送用の梱包材を提供した。
短期間の開催にもかかわらず、「擬似実家」は来場者の強い共感を呼んだ。「メルカリで同じようなものを出品したい」という声も寄せられ、マーケティング施策としては明らかに大成功だった。
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