振り返ることで前を向く
スティーブ・マーティン / Eat Creative共同創業者
雑誌の創刊という事業は、おそらく人生最大の試練を与えてくれた。同時に、最もやりがいを実感する仕事でもあった。莫大な労力と資金力を費やし、ストレスにまみれて会社の資金も底をついた。それでもさまざまな問題を取り扱うことで視野を広げ、ユニークな視点から情報を整理できたのは収穫だった。
雑誌『Eat』は、2000年から2003年までの3年間にわたって刊行された。食と社会にまつわる多くの争点を取り上げ、食文化を通して世界のダイナミックな変化に触れた。その話題の一つひとつが、今日の考え方や社会規範にどのような影響を及ぼしているのかを理解するようになった。
今月の7月15日は「海の日」で、7月23日は「世界クジラとイルカの日」である。この季節は、雑誌「Eat」でも取り扱った日本の商業捕鯨について考えてしまう。四半世紀の間に、問題はどのように変化したのだろう。アーカイブを紐解きながら、今なお分断を感じさせるセンシティブなトピックだと実感する。
アニマルライツと伝統の食文化。あなたは捕鯨論争のどちら側?
雑誌『Eat』第2号(2000年10月発行)の「論争コーナー」では、捕鯨産業と鯨肉消費について賛成と反対の意見を対比している。日本捕鯨協会の会長とイルカ&クジラ・アクション・ネットワークの代表者に、それぞれの主張を述べてもらった。
日本捕鯨協会は、捕鯨反対派が指摘していた「南氷洋における日本船の違法な捕鯨活動」「科学的調査を口実にした擬似商業捕鯨」「鯨肉は現代日本の食文化で不可欠の存在ではない」などの主張に異議を唱えている。
イルカ&クジラ・アクション・ネットワークは、日本の海域で年間2万頭のイルカが捕獲されていること、鯨肉に水銀などの有害物質が多く含まれていること、捕獲が禁止されているマッコウクジラなどの鯨肉も販売されていることなどを問題視した。
あの論戦からほぼ25年が経過した現在、捕鯨の規制や日本社会の認識にはどんな変化があったのだろう。
多くの現代日本人にとって、もはや鯨肉は身近な食材とは言えない。ピーク時の1962年には年間約25万トン近くの鯨肉が食べられていたが、2021年の消費量はわずか1000トンにまで減っている。これは鶏肉や牛肉などが主なタンパク源として定着し、若い世代が鯨肉に興味を示さなくなった結果であろう。
このような大幅な減少にもかかわらず、捕鯨産業は日本政府から年間50億円以上の補助金を受け取っている。ここ数年の動きを見ると、捕鯨産業がすぐに消滅することはなさそうだ。それどころか、拡大する可能性もある。
日本は2019年に国際捕鯨委員会から正式に脱退した。国際捕鯨委員会は、1982年にすべての商業捕鯨をモラトリアムとした組織である。脱退以降の日本は商業捕鯨を再開し、水産庁によれば2023年には約300頭のクジラを捕獲。そして2024年5月、日本の水産庁は国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストで絶滅危惧種に指定されているナガスクジラを商業捕鯨の対象に追加した。
さらに日本の捕鯨会社である共同船舶が、今春73年ぶりに捕鯨母船を新造した。この造船には70億円の巨費が投じられているため、共同船舶は今後も捕鯨への需要を見込んでおり、政府支援に期待していることも推察できる。
日本以外の捕鯨国も、商業捕鯨を活発化している。ノルウェーは1996年に商業捕鯨を再開し、アイスランドは2006年に国際捕鯨委員会のモラトリアムを拒否。フェロー諸島では2021年に大規模な追い込み漁によってイルカ1400頭が1日で殺された。
捕鯨産業が増殖を続ける一方で、世界のクジラの個体数は安定性を疑問視されている。例えば2012年から2021年にかけて実施したザトウクジラの頭数調査によると、北太平洋の海水温が上昇して鯨の餌となる資源が減少したため、この時期に数千頭のザトウクジラが餓死したと見られている。
世界中ではナショナリズムが高まっており、日本などの捕鯨国が商業捕鯨を縮小する気配はない。だが気候変動、乱獲、生息地の破壊などの影響は、海洋生態系と海洋種の多様性をさらに損なう恐れもある。
海洋資源について下される捕鯨国ごとの決断は、ますます近視眼的になっているのではないか。これまで以上に、海洋の健全性を管理するための世界的な取り組みが必要だ。捕鯨国にとっても、保護すべき捕鯨産業がなくなってしまうような事態は避けたいだろう。
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