街の文化を紐とく

2022. 01. 25

アリスン・ジャンベール / Eat Creative共同創業者

Eat Creativeでは各国で長年にわたり愛されているブランドのグローバル進出をこれまで数多く支援してきました。こうした経験から得た知見のひとつが、ファイナンスサービス、スキンケア、家電製品など、すでに多くの競合ブランドがしのぎを削っている市場では「そのブランドがどこで創られたかが、ブランドの重要なアイデンティティ、差別化要因、そして成長の鍵となる」ことです。

一方、飲食やホスピタリティなど一部の業界では、進出先の慣習や食文化への理解を示すことが重要で、すでに広く知られているモノゴトを別の角度から見つめるようなアプローチが求められます。

例えば、京都は日本文化の中心として国内外で知られており、多くの食文化やことば、美的感覚、建築がこの街で育まれてきました。下駄や着物、和傘が景観を彩り、舞妓や芸妓が千年以上の歴史を誇る通りを練り歩く、そんな悠久の都。ほかにこの街を象徴する風景といえば、美術書の表紙で目にすることが多い美しい石庭。室町時代に作庭されたといわれ、当時の面影を残しています。

過去にEat Creativeは、そんな京都への進出を計画しているグローバルホテルブランドチェーンから「ゲストの方々に、自分たちのブランドだけが可能な方法で、京都流のおもてなしをするにはどうしたらよいか」と相談を受けました。ブランドのアイデンティティをそこなわず、長い歴史を誇るこの街に新たな風を吹き込む…。難しいミッションです。

プロジェクトに当たり、出発点となったのは「街をその街足らしめている要素は、時間の経過につれて変化する」こと。時の移ろいによって街の物理的環境や文化的環境は姿を変え、街のアイデンティティは変化します。京都は延暦13年(794年)に遷都。天皇や皇族の皇居が置かれ、日本の首都となりました。その後、行政府としての機能は江戸に移りましたが、禅文化の普及や職人文化の発展、日本を代表する企業やテクノロジーの創出など、重要な役割を果たしました。

シドニー、ニューヨーク、上海、ベニス…いずれにおいて言えること、それは、街が「いきもの」ということです。ブランド戦略に取り入れるためか、街そのものをブランディングするためかを問わず、街をその街足らしめている要素を見つけるための方法は、街の変化を受け入れつつ、常に変わらないことが何かを見つけることです。政治、宗教、アート、ライフスタイルなどが変遷を遂げた一方、京都は常に洗練とエレガンスに満ちた街として、多くの文化を育んでいます。その美的感覚は、伝統的な茶会から道端での会話、ファッションブランドなどのブランドスペースとしてつかわれるようになった町家に至るまで、街の随所に現れています。

街のアイデンティティを定義することと、ブランディングはどう関係するのでしょうか。こうしたアイデンティティは、旅先での出会いによって、初めて実感を伴って響くといえるでしょう。そこで得た経験やふれた価値観、心に響いたモノゴトによって、人びとの心のなかに街のイメージが確立されるのです。海外ブランドが進出先とのつながりを深め、人びとにそのつながりを伝えるには、ブランドのDNAと街のアイデンティティが重なる部分を見つけることが重要です。

例えば、数百年にわたる歴史を誇るラグジュアリーホテルならば、京都のエレガンスを洗練された美意識や究極の贅沢として表現し、バジェットホテルならば、ホテルステイにおける重要な要素に焦点を当て、

すべての人の手の届く形で京都らしい価値観を集約することが求められます。そして何より、ローカルコミュニティとつながった環境になることで、街のアイデンティティを実感することが可能になります。

情報が溢れる今日のグローバル化した社会において、すでに多くの人が知っているような、国や街の固定的なイメージを流用するだけでは、十分とはいえません。人びとと心のつながりを創出するためには、その街のアイデンティティ、そしてブランドと重なる部分は何か深ぼりし、それらを結びつけることが求められます。それが、街のアイデンティティをブランディングに役立てるために欠かせない要素なのです。