大胆不敵なブランド構築

ジョン・ラルフ イントレピッド・スピリッツ CEO

2024. 05. 22

ロバート・コステロ / 事業成長責任者

「Eat Takeaway」は、世界で活躍するブランドリーダーやマーケティングリーダーに直近の抱負と課題を教えてもらうシリーズ。インタビューから得られた学びを「Takeaway」として読者のみなさまにお持ち帰りいただきます。

今回ご登場いただくのは、イントレピッド・スピリッツを創業したCEOのジョン・ラルフ氏。アイルランドの小さなスタートアップ企業が、並いる大企業を抑えて大ヒットブランドを生み出した経緯についてうかがいました。成長の原動力が、日本市場での成功からもたらされたという秘話にも注目です。

(インタビュー:ロバート・コステロ/Eat Creative事業成長責任者)

競争の激しいスピリッツ業界で、ブランド事業を志したきっかけは?

起業家精神は、かなり若い頃から芽生えていました。ダブリンで人力車のビジネスを始めたのが16歳のとき。学校を出てからは、ナイトクラブの宣伝をしました。エナジードリンクの会社に広告出稿を持ちかけて、逆にドリンクの販売を請け負ったこともあります。ダブリンのナイトクラブなら店長クラスはみんな知り合いだったので、自力で売り捌けると直感したんです。ドリンクを各店にストックしてもらい、かなりの売り上げになりました。最終的には後発のレッドブルに潰されましたが、あれから20年経った今でもダブリンのレッドブル代理店とは仲良くしています。そんな経験を積みながら、徐々にスピリッツ関連の事業を始めたくなりました。

最初は友人と一緒に、「ミッキーフィン」というリンゴのリキュールを輸入しました。その後、メキシコのプレミアムリキュール「パトロン」やオランダのウォッカ「ケテルワン」などの国際的なブランドも販売権を獲得します。でもいつかは自分がブランドのオーナーになりたいと思っていました。そこで2007年の金融危機が終わるのを待って、2011年に中国へ移住。南米風のボタニカルスピリッツ「コカレロ」を立ち上げました。でもこのブランドが軌道に乗ったのは、日本市場に持ち込んだのがきっかけでした。

いつかは自分がブランドのオーナーになりたいと思っていました。

資金も予算もない状態から、草の根的にブランドを育てていました。最初の1年はあえて東京に近寄らず、京都、大阪、神戸といった有力都市で活動しました。小さなバーにコカレロを持ち込んで、商品の内容や楽しみ方を説明します。幸いDJや音楽プロデューサーたちが気に入ってくれて、バンドのプロモーションビデオで露出するようになりました。だから東京で発売する頃には、もうかなり需要が蓄積した状態だったんです。

コカレロを手売りした経験のおかげで、ゼロからブランドを立ち上げる方法を学びました。すると次は、ブランドのポートフォリオを増やしたくなります。新しいプロジェクトは、友人の家族が運営するウイスキーブランド「イーガンズ」の復活でした。このウイスキーを2014年に米国で発売しながら、ポチーンの新ブランドも立ち上げました。ポチーンはアイルランド独特のスピリッツで、そのニッチな市場はテキーラの影に隠れたメスカルにも似ています。メインストリームとは一線を画し、エッジの効いた通好みのアプローチが可能だと直感しました。そこでポチーンの新ブランド「マッドマーチヘア」を立ち上げ、2016年に発売を開始しました。

異なるオーナーシップで運営されている3つのブランドについて、1つの組織に統合したほうがいいと気づいたのです。

そしてポートフォリオの成長に注力するため、米国に移住しました。異なるオーナーシップで運営されている3つのブランドについて、1つの組織に統合したほうがいいと気づいたのです。これがイントレピッド・スピリッツを設立した経緯です。

イントレピッドという名称の由来は?

ラテン語で「大胆不敵」という意味です。私たちのビジョンは、スピリッツブランドを急成長させる世界有数の企業になること。そのために大胆なリスクをとるので、うまく行く時もあれば、大失敗もあります。でも失敗は恐れません。失敗に気付いた時は、愚痴りたい気持ちをこらえて次のチャレンジに進みます。

小さな会社に、そんな失敗を許容できる余裕などないはずだと思われるかもしれません。私たちがリスクを冒しながら前進できているのは、弱小だった日本時代に試行錯誤で勝ち取った成功のおかげです。コカレロは、イエーガーマイスター、マリブ、カルーアなどのライバルを抜いて日本で売上ナンバーワンのリキュールになりました。販売数量ではイエーガーマイスターに劣るかもしれませんが、金額ベースではコカレロが倍以上の差をつけています。この日本での成功が、コカレロの世界的な成長を支える余力になっているのです。

資金がまだ手元にない駆け出しの頃、ナプキンの裏に殴り書きしたブランド戦略がもっとも成功しました。

ユニークなブランド開発の経験から得られた学びは?

調査、市場分析、フィジビリティスタディなどには、それなりの予算が必要です。でも私たちの場合は、そんな資金がまだ手元にない駆け出しの頃、ナプキンの裏に殴り書きしたブランド戦略がもっとも成功しました。ブランド事業の失敗率は95%です。つまりどんなにお金をつぎ込んでも、ほとんどが失敗して当たり前。コカレロに希望の光が見えた時、他では経験したことのないユニークな直感がありました。アイリッシュウイスキーを取り扱ったときも、伝統的な家族経営のブランドが廃れた業界の現状を知ってイーガンズに可能性を感じたのです。どちらも弱小時代に決断したことでした。

もともと私たちはニッチな商機を見つけるのが得意で、市場データの分析に依存することはありません。これだと感じたら、すぐに実行です。ポチーンは世界市場で需要がないと思われていますが、私たちなら逆にチャンスを見出します。ディアジオのような大企業が関心のない分野だからこそ、新進企業が主導して新しいカテゴリーを成長させられるのです。密造が横行していたポチーンは、アイルランド原産の国民的スピリッツです。ウイスキーはむしろ後発のスピリッツで、酒税を取りこぼさないように管理された大量生産商品という側面もあります。ポチーンの可能性は、今後も追求していきます。ブランドを軌道に乗せるプロセスでは、とにかくリスクを取ることが大切ですから。

大企業が関心のない分野だからこそ、新進企業が主導して新しいカテゴリーを成長させられるのです。

日本市場で成功するためのアドバイスは?

応用が効く簡単な戦略はありません。市場ごとの難しさは万国共通ですが、日本は特異性のレベルが違います。例えば米国、英国、オーストラリアにはある程度の共通点が見られますが、日本だけは完全な別もの。日本で事業を立ち上げると、さまざまなチャネルや消費シーンの存在に気づくでしょう。とても魅力的な市場で、ナイトクラブやカラオケバーなどもそんな得意性の好例です。

重要なのは、現地に特化した強力な洞察力を手にすること。つまり地元密着で活動する自前のチームが必要です。腰を据えて市場の状況を理解し、重要だと特定したチャネルをサポートします。どんなブランドも、5つ星ホテルや有名カクテルバーで取り扱ってもらいたいもの。でもそれがブランドの理にかなっていなければ意味がありません。消費者目線になって、ブランドへの期待を理解すべきでしょう。細分化された日本市場は、他にはない面白さの宝庫です。私たちは居酒屋での展開にも力を入れました。全国の居酒屋が、豊かなお酒の消費スタイルを発信する場所だとわかったからです。

どんなブランドも、5つ星ホテルや有名カクテルバーで取り扱ってもらいたいもの。でもそれがブランドの理にかなっていなければ意味がありません。

日本市場は、常に新しい流行を学び続けます。外来の文化に適応し、変化していく市場なのです。だから、日本市場の専門家になるのは至難の業。例えばコロナ禍の影響で、私たちもインターネット販売への注力を余儀なくされました。コロナ禍以前の売り上げは、料飲店が95%、小売店が5%という割合でした。でも今では、イトーヨーカドーやミニストップなど、多種多様なショップで販売基盤を拡大しています。

今後の展望と目標は?

酒類業界は、とても魅力的な変革期にあります。ほとんどの国で、若い消費者がアルコールに興味を示さなくなりました。業界で顕著なのは「それならアルコール度数を下げよう」という動き。でも私たちのようなスピリッツは、ユーザー体験の構築がますます重要になっていくでしょう。楽しい消費スタイルや商品の機能について、もっと真剣に考えるべきです。

コカレロは、ボタニカルのポジティブな効果を強調してきました。未来にも目を向け、次のビジネスチャンスを創出する研究開発を進めています。米国で注目すべきは、大麻入りドリンクの市場。スピリッツのブランドに何ができるのかと問われそうですが、消費者に機能的なメリットがあるのなら参入する意味があります。

プレミアム志向のブランドを運営する企業として、私たちは消費者が求めるストーリーを理解し、価値の高い消費体験を提供していく必要があります。

お酒の世界では、消費体験の豊かさを重視する傾向が強まってくるでしょう。高品質な商品ほど評価される時代です。その一方で、安価なブランドは苦戦を強いられることになるはず。プレミアム志向のブランドを運営する企業として、私たちは消費者が求めるストーリーを理解し、価値の高い消費体験を提供していく必要があります。

Eat Take-Away

  1. ニッチは独占のチャンス。大手企業が製品ポートフォリオを拡大する時に、コアの事業からあまりに乖離した市場やブランドは忌避されやすい。だがあえてニッチな機会に目を向けることで、競合他社が十分なサービスを提供できていないカテゴリーを土台から築き直し、特定分野ごと手中に収めるチャンスも生まれる。

  2. 他国の事例より現場の声。グローバルブランドが日本市場に参入すると、すでに他国市場で実証済みのストーリーをそのまま日本向けに持ち込みがちだ。この方法は、かなりの確率で大失敗に終わる。イントレピッド・スピリッツのように、現地チームの洞察から独自戦略を立てることで日本市場攻略の糸口が見える。

  3. 草の根のアプローチが実を結ぶ。短期間で成長を目指すグローバルブランドのマーケティング担当者は、効率的な認知度向上ばかりを追い求めて手詰まりになる。だがイントレピッド・スピリッツは地方都市のバーへ足繁く通い、地道にブランドへの共感を勝ち取った。非効率的に見える草の根の活動が、日本では近道になることも多い。

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