生き残るデザインの秘訣

小坂 竜氏 乃村工藝社 A.N.D.クリエイティブディレクター

2023. 07. 19

遠藤建 / コンテンツディレクター

ブランド、マーケティング、クリエイティブ関連のリーダーに、さまざまな課題解決のヒントをうかがう「Eat Takeaway」シリーズ。インタビューから得られた学びを「Takeaway」として読者のみなさまにお持ち帰りいただきます。 

今回は、日本のインテリアデザイナーを代表する小坂竜氏(乃村工藝社 A.N.D.クリエイティブディレクター)が初登場。最近のプロジェクトを振り返りながら、国内外で求められる「永続的な価値」の条件についてお話をうかがいました。

(インタビューは一部内容を編集しています。)

代表を務めるA.N.D.は、どんな組織ですか?

数百名のデザイナーが在籍する乃村工藝社の中で、より高品質な空間デザインに特化したチームを立ち上げようと動き出したのが約17年前のこと。僕が代表となって、20061月に社内ブランドのA.N.D.(アオヤマ・ノムラ・デザイン)を設立しました。東京の青山に独立した事務所を構え、個人邸、ホテル、レストラン、リテールなどのデザインを幅広く手掛けてきました。近年は海外のプロジェクトも増え、国内外からさまざまなオファーをいただいています。

達成感が大きかった最近のプロジェクトは?

まったく異なる2つのプロジェクトがあります。ひとつは2020年にオープンした「ザ・ホテル青龍京都清水」。廃校になった清水小学校の校舎を再利用し、次の50年も活用できる宿泊施設に変貌させました。構造の検証や景観条例などのハード面はもちろん、校舎の建築に高級ホテルらしい色艶を組み込むことに苦心しました。建築、インテリア、アートワーク、ユニフォーム、ロゴマークなど、さまざまな才能を巻き込んで総合的にプロデュースした案件です。嬉しかったのは、施主や利用者だけでなく、近隣住民や卒業生の方々に感謝されたこと。かつての小学校に強い愛着を持っていた方々に心から喜んでいただき、いつものプロジェクトとは異なる大きな感動がありました。屋上のバー「K36」は、京都の街を見下ろせる絶景の撮影スポットとしても話題になっています。

もうひとつのプロジェクトは、中国広州の「FEI(妃)バー」。これは施主の課題というよりも、自分自身が新しい独創的なデザインに挑戦して認められた事例です。ブティックデザインホテル「W」は、ハイエンドなクラブを思わせるホテルブランド。中国本土への初進出という背景もあり、とにかく斬新なアイデアを求めていました。そこで私も、今まで積み重ねてきた自分らしさをいったんすべて捨て去るつもりで、新しい技術やデザインを駆使しながら急成長する中国のパワーを表現しました。ガラスのカーテンウォールに囲まれた空間は、外界から遮断された一辺18mの箱。カーテンウォールは無数の光ファイバーでできており、膜のような光が有機的に内部空間を包み込みます。非日常的な存在感が評価され、国内外のアワードを受賞しました。

海外プロジェクトと国内プロジェクトの違いは?

海外クライアントとのやりとりには、物理的にも距離があるので明快なコミュニケーションが欠かせません。デザインの意図をはっきりと伝え、力強いやメッセージを表明する必要があります。コンペなどでは最初から強烈なインパクトを与えるため、ほとんどショータイムのようなプレゼンテーションで勝負した経験もあります。でもひとたびクライアントの承認がもらえたら、あとはデザイン領域に専念できます。海外のクライアントは概してデザイナーへのリスペクトが高く、「あなたのクリエイティビティを見せなさい」という期待に応えることが大切。基本的なディレクションや機能的な条件はありますが、「あなたに任せたから、とにかくいいものを作ってくれ」と比較的大きな裁量を与えてくれます。


海外のクライアントは概してデザイナーへのリスペクトが高く、「あなたのクリエイティビティを見せなさい」という期待に応えることが大切。

一方の日本では、巨匠レベルの建築家でもない限り「あなたにすべて任せます」という依頼はほとんどありません。そのためインパクトよりも信頼関係を醸成していくアプローチが重要になり、全員が同じ意識を共有するための確認プロセスが重視されます。日本企業には「我々の思いを聞いてほしい」というニーズが強く、プロセスの過程で細かく意向を探りながらデザインを組み立てていくケースが多くなります。確認を求める際には、複数案を用意して「どちらがお好きですか?」と尋ねる場合も。海外クライアントなら「あなたが決めなさい」と言われ、自信の欠如と見なされたりするリスクもありますが、日本企業の場合は「依頼者に寄り添ってくれている」という安心感につながることが多く、お客様も一緒に決断したという証跡が残せます。

日本企業には「我々の思いを聞いてほしい」というニーズが強く、プロセスの過程で細かく意向を探りながらデザインを組み立てていくケースが多くなります。

時代の変化を生き延びるデザインとは?

飲食店、レジデンス、ホテルなどの空間をデザインしながら、A.N.D.のデザイン哲学でもある「パーマネント」(永続性)を意識するようになったのは、コンペを経てマンダリンオリエンタルホテル(東京日本橋)のレストランとバーを依頼されたのがきっかけです。クライアントから「ホテルなので最低でも10年、できれば20年が経った後でも、素材の耐久性はもちろん、デザインとしても古びないように」と要望されました。パーマネントを目指す場合も、インパクトは必要です。時代を経ても朽ちていかない色艶を大切にして、時間が経つほど質感やデザインが良くなっていく「経年良化」を意識しながら空間をデザインしています。

パーマネントを目指す場合も、インパクトは必要です。

新しいプロジェクトに向かう時のこだわりは?

ひとたびデザイン制作が始まってしまうと、あとはコンピューター上だけでも完結できるのが現代のワークフロー。だからこそ、なるべくお客様とリアルで会ってじっくり話し合い、潜在的な課題を発見しようと試みています。そのような課題をデザインの手法で解決するのが我々の仕事。フレッシュな出会いを通して互いを理解するプロセスが、表現者としてワンパターンに陥ることも防いでくれます。課題解決に役立つ自分なりの武器を日頃から意識しておくことも大切です。

現代日本のデザイナーを取り巻く状況は?

僕が20代の頃に比べて、デザイナーの地位は向上しました。国内外でインテリアデザインの価値が認められるようになってきたのは喜ばしいこと。その一方で、デザイナーの働き方には変化も求められています。もともと研究者や芸術家に近い職業なので、毎日午後5時で終わるルールにはうまく収まりません。上司や先輩に鍛えてもらう修行時代も、パワハラのイメージから敬遠されがちです。せっかく日本でもデザイナーの地位が高まってきたのだから、この仕事に興味を持つ若者が増えてほしい。新しいテクノロジーなどで働き方を効率化し、努力次第では世界を舞台に活躍できる素晴らしさも継承されたらいいなと願っています。

Eat Take-Away

  1. 日本企業のプロジェクトは細かな説明と意思決定のプロセスを大切に

    日本企業が外部のパートナーに求めているのは、「我々の意見をちゃんと聞いてくれるかどうか」という信頼感。「期待とは異なった」と事後に失望されるのを防ぐため、ステークホルダーをうまく意思決定に巻き込みましょう。会議で意見が出なくても、提案が承認された訳ではありません。むしろ途中で何度も確認が必要となる兆候です。

  2. 海外顧客は最初から明確なメッセージとインパクトを重視

    国際的なコンペでは、「なんでもできる」という柔軟性のアピールより、しっかり的を絞ったインパクトのあるメッセージが重要。でもひとたびゴーサインが出たら、本業のクリエイティブに全力投球できます。日本企業に喜ばれる複数案の提示は要注意。海外顧客には、自信の欠如と見なされる場合もあります。

  3. 古びないデザインの鍵は「経年良化」にあり

    予測不能な未来を生き延びるヒントは、今でも現役の古いデザインにあります。時を経るほど魅力が増す「経年良化」のデザイン要素を味方に付けましょう。パーマネントの中にも、インパクトは必要。経年良化するインパクトなら古びません。