ブランド文化のつくり方

組織文化を築くブランディングとコミュニケーション

2021. 08. 18

ジョン・コレト / ブランド・ストラテジスト

ブランディングということばを目にした際、多くの人が顧客へのコミュニケーション、例えばブランドアイデンティティ、マーケティングキャンペーン、コンテンツなど、顧客エンゲージメントの向上を目的とした活動を思い浮かべるかと思います。

一方で、グローバル市場で急成長を遂げているブランドの多くは、優れた商品やマーケティング戦略はブランディングの一部分に過ぎないとかんがえています。市場が成熟し、商品の差別化がむずかしい状況下で、ほかのブランドとの違いをうみだす最大の要因は「人」そして「文化」です。

IBM、Apple、Microsoftなどの企業は、高い人気を誇るブランドというだけでなく、優れた雇用主として知られています。顧客に留まらず、従業員、そして将来従業員になり得る人びとから、強い支持を集めているのです。社会を変えるスタートアップで働く従業員にとって、自ブランドのロゴが入ったシャツを着ることは、アイデンティティやプライドの主張につながっています。

顧客へのブランディングやコミュニケーションを通じて、ブランドに強い愛着を感じるコミュニティを築くことが可能なように、ブランドが自らのビジョンやストーリーを組織内に発信することは、ブランド文化を確立する上で不可欠。ブランドにとって重要な資産である従業員の成長につながる環境づくりの第一歩といえるでしょう。

情報の透明化が進み、組織内のブランディング(Internal Branding)と組織外のブランディング(External Branding)という分け方が通用しない昨今。例えばSpotifyは、より一層リモートワークに適応し、従業員が働く場所を選べる制度「Work From Anywhere」を導入しているほか、従業員間の賃金差を減らす取り組みを行っていることで知られています。こういった情報の公開は、進歩的な企業としての認知度を高める上で重要です。従業員との間に強い関係を築いているだけでなく、自然への配慮をブランド文化のひとつとして発信しているパタゴニアは、活動の内容を問わず、一種の文脈を創り出すことに成功しています。ブランド文化の醸成こそ、ブランドの継続的な成長に不可欠な要素といえるでしょう。

それでは、ブランドの成長につながる文化を確立するには、どういった方法がかんがえられるのでしょうか。ここでは、4つのステップを紹介します。


1. 従業員の心を紐とく

自ブランドの文化に、常に目を配ること。ブランド内部の文化は流動的で、絶えず変化している状態。何より重要な質問、それは「従業員が自ブランドで働くことを気に入っている理由とは何か」です。

この質問への回答は、ブランドをそのブランド足らしめている理念や価値観について、多くのことを教えてくれるでしょう。その上で、これらの理念を経営戦略に応じて見直していくことが重要。例えばAppleは「反骨心」「異端」などの価値観を従業員に求めていることで知られ、名作として名高いブランドムービー「Think Different」で、個々の精神を尊重するブランドの姿勢を示しています。

その一方で、社会課題に立ち向かうことを理念としているのがIBM。この2つのブランドが同じ役職に就く従業員をつのるとして、関心をひかれる人の層はそれぞれ違うはずです。


2. ブランドのストーリーを調べる

ブランドの歴史を紐とくと、その文化を形づくる要因となったストーリーが見つかるはず。多くの場合、それは創業者に関する逸話で、例えばHondaの創業者、本田宗一郎氏は消防自動車のエンジンを修理した後、依頼になかった放水系のリペアを自ら進んで行うような人で、そんな彼のエンジニアリング精神は、ブランドのなかで受け継がれています。このほか、スターバックスの元CEO、ハワード・シュルツ氏はコーヒーの品質を追求すべく、収益の減少を承知の上で全米の店舗を一時休業し、スタッフにトレーニングを行う決断を下したことで知られています。

Amazonのビジョン「ほかのどのブランドより、顧客中心の企業でいる」のように、創業者の逸話をこえてブランドのストーリーが企業理念と同化しているケースを鑑みると、ストーリーはブランド文化を形成する上で、2つの役目をになっているといえるでしょう。第一に、従業員にブランドの理念やビジョンを伝えること、そして次に、従業員に求められる行動や姿勢を明確化すること。ブランドのストーリーは、組織内に自然と浸透していくので、厳格なルールを設定することなく、ブランドが進むべき道を示し続けてくれます。このような理由から、ストーリーは内容に関わらず、ブランドの価値観に沿い、従業員の心に響くことが不可欠といえます。


3. 従業員へのコミュニケーションを強化する

どんなストーリーを伝えるか見定めた後は、それをどのように発信していくか、かんがえてみましょう。顧客へのコミュニケーションと同様に、従業員へのコミュニケーションを行う上では、全てのタッチポイントが重要となります。

一例として、アディダスのポートランドオフィスの前には、同ブランドを象徴するスニーカーの巨大なオブジェが鎮座しています。これほど派手ではないにしろ、ヘルステック企業の多くはユーザーの総数を示すディスプレイを壁に設置し、歴史の長い企業は創業時の精神を忘れないよう、創業者のことばを飾っています。それが例え会議室の名前にブランドにとって重要なことばを用いるような取り組みだったとして、組織文化をつくる第一歩になり得ることに変わりないのです。

従業員へのコミュニケーションを強化するほかの手法としては、従業員イベントが挙げられます。例えばGoogleは、業界を牽引する実業家やクリエイターが自らの知見や経験を語る「Talks at Google」を主催しています。「情報の民主化」というブランドの理念が伝わってくる取り組みといえるでしょう。

リモートワーク化が進み、従業員の出社回数は減少しているとはいえ、ブランドのストーリーを伝える方法は数多くのこっています。ブランドムービーは、新たに入社した従業員にブランドの理念を伝えられるだけでなく、ブランドの思いえがくビジョンに立ち返るためのツールになり得ます。このほか、イントラネットやニュースレターにブランドらしい色づかいやことばを取り入れることで、デジタルプラットフォーム上でのコミュニケーションを強化することが可能です。ブランドのロゴが入ったアメニティグッズは、ブランドと従業員のつながりを深めることにつながります。


4. コミュニケーションに留まらず行動で示す

理念を伝えるだけで万全とはいかず、実際にそれを実行しているかどうか、従業員は日頃から注視しています。常識に挑むことがブランドの文化と公言しているのならば、従業員の常識に挑むようなアイデアを実現すべく取り組んでいることが重要です。

ミーティングの進行方法、組織内での情報の伝達方法、報奨など、コミュニケーションをこえて、ブランドらしいやり方で従業員のエクスペリエンスを改善することは可能です。例えばソフトウェア企業のIntuitは、従業員が就労時間の10%を個人的なプロジェクトに当てることを許可しています。一方トヨタでは問題解決に向けてテーマやゴール、問題点、実際の成果などをA3用紙1枚にまとめる「A3思考術」を組織内に普及しています。

ブランド文化は自然とつくられるだけでなく、コミュニケーションやブランディングを通じてデザインすることが可能なのです。