環境問題に無関心なエージェンシーの責任
企業のブランディングやマーケティングを担うエージェンシー各社は、縁の下の力持ちと呼ぶのに相応しい存在。一般の消費者には無名ですが、企業に巨額な予算拠出を判断させ、何千万人ものオーディエンスが目にするキャッチコピーも作ります。世界全体のメディア広告費は、今年度だけで約9000億米ドル(インサイダーインテリジェンス調べ)。このような広告を制作する会社のなかには、驚くほどの巨大企業もあります。たとえば世界最大級の広告マーケティンググループのWPPは、数百社の傘下エージェンシーで10万人以上を雇用し、2022年だけで合計180億米ドルの収益を上げました。産業界全体のサステナビリティや気候変動対策への取り組みを考えるとき、このような広告関連企業の影響力と責任は重大といえます。
権威主義的な政府や化石燃料関連企業など、世界には環境に有害と見なされる団体や組織があります。このようなクライアントと仕事をするブランディングエージェンシーやマーケティングエージェンシーは、組織の内部から変化を促すことで善の道へ導けるといった理想を語りがちです。しかし現実にはそんな変化が起こることはほぼ皆無で、大半のエージェンシーが現金収入を維持するためにみずから掲げた原則を放棄します。
世界には、社会や環境を破壊するようなクライアントとの取引を断っているエージェンシーもたくさんあります。しかし二酸化炭素排出量の削減、環境保護、実効性のある気候変動対策などの課題について、エージェンシーはどこまで自社の理想をクライアントに求めることができるのでしょうか。実態を探るため、私たちはアジア太平洋、北米、ヨーロッパのエージェンシー各社を調査。社内で実施しているサステナブルな取り組みや、クライアントと共に環境保護を支持する方法について匿名で回答してもらいました。
集まった回答数は67人なので、決してサンプル数が多いとはいえません。それでも創業者、経営幹部、新入社員、フリーランサーまで、エージェンシーのさまざまな階層から生の声を聞くことができました。エージェンシーの立場でクライアントの方針に異を唱えるのは難しい側面もあり、自由形式の回答によって複雑な事情も説明してもらいました。回答の集計から、明らかになってきた現状を整理してみましょう。
意識は高いけど道筋が不明。
気候変動、環境保護、サステナビリティなどの問題について、参加者のほとんど(90%)が個人としては重要なものと考えています。それでも大半のエージェンシーが、実際の行動に移せずにいる現実もわかってきました。自社ではサステナビリティ戦略を策定していないと答えたのは、全回答者の半数以上。実際に取り組んでいるエージェンシーは、全体の3分の1に過ぎません。取り組みを進めている会社の大多数(約80%)は、目標達成のタイムラインを定めていませんでした。
自社ではサステナビリティ戦略を策定していないと答えたのは、全回答者の半数以上。実際に取り組んでいるエージェンシーは、全体の3分の1に過ぎません。
自社にサステナビリティ戦略があるのか。タイムラインが設定されているのか。何らかの形で二酸化炭素排出量を積極的にモニタリングしているのか。そんな取り組みの実態を知らない従業員が大半です。エージェンシー各社の経営陣やステークホルダーから、現状認識や今後の目標に関する説明が十分になされていないのです。従業員が知らないだけで、密室で素晴らしい計画が進んでいるという可能性は低いでしょう。
サステナビリティは後回し。
生態系、資源、生活など、気候変動がもたらすリスクについては世界の科学界が警鐘を鳴らし続けています。しかし政府機関にとっては、実際の行動に移そうという優先順位が依然として低いこともわかりました。
多くのエージェンシーが、取り組み不足の課題に直面しています。理由はさまざまですが、「目先の差し迫ったビジネス上の問題」のせいにして時間とリソースを割いていない実例がたくさんありました。これは私が経営するEat Creative自身の課題でもあります。在宅勤務が増えたことで、エージェンシーの経営陣がスタッフの私生活を侵害しないように配慮を強め、その結果としてサステナビリティ活動の責任を各社員に押し付けている構造も見えてきました。クライアントや社員が、サステナブルな取り組みの実行を求めないという無関心の問題もあります。多くの企業が、サステナビリティ戦略を後回しにしているのです。
サプライヤーやクライアントとも議論なし。
エージェンシー各社のサステナビリティ戦略は、自社内のみならず周囲の組織(サプライヤー、パートナー、そしてもちろんクライアント)とも不可分のはず。サプライヤーの行動が自社の価値観と一致しているか、気候変動対策に積極的な企業になるよう支援してくれる企業なのかを精査する責任があります。いわゆる「スコープ3の排出量」(エージェンシーがサプライチェーン上下で間接的に責任を負っている排出量)は、企業のカーボンフットプリントの平均70%を占めます(デロイト調べ)。取引先の企業による環境問題への関与は、すべてのエージェンシーが意識すべき分野なのです。
しかし私たちの調査では、サプライヤーのサステナビリティに関する立場、戦略、取り組みについて尋ねた実績がないという回答者が大半(70%)でした。回答者の半数以上が「エージェンシーはクライアントとともにサステナビリティを推進する役割を担っている」と考えているのに、クライアントにサステナビリティ関連の立場を問うことに抵抗がないと答えた人は15%のみ。なぜこんな尻込みが起こるのでしょうか。
サプライヤーのサステナビリティに関する立場、戦略、取り組みについて尋ねた実績がないという回答者が大半(70%)でした。クライアントにサステナビリティ関連の立場を問うことに抵抗がないと答えた人は15%のみ。
多くの回答者が認識しているのは、クライアント候補企業と商談をする前に、エージェンシー自身が立場や戦略を明確にしていないという問題。そしてサステナビリティに関する専門知識や知識が、双方に不足していると思われる現実。さらにはサステナビリティへの取り組みを呼びかけることが、クライアントとの政治的な議論に発展することを恐れているという背景も多くの人が指摘しました。
それでも今日から始められることがある。
私たちの調査によると、多くのエージェンシーは進むべき道をまだ模索中です。事業継続で精一杯という状況も多いなか、有志が協同で動き出しました。社内で実践的で具体的な行動を開始したいエージェンシー各社に、学びと機会を提供できる仕組みです。
回答者の40%以上が、オフィスでのエネルギー消費を積極的に削減していると答えています。同じく40%以上の企業が、オフィスのキッチンやダイニングエリアから使い捨てプラスチックを完全に撤去したり、従業員が海岸や河川の清掃を支援するボランティア活動のプログラムを設けたりしています。
毎月10万人しかアクセスしないウェブサイトでも、年間2トン以上の二酸化炭素を排出しています。二酸化炭素排出量の少ないウェブホストへの移行などが次の課題になるでしょう。
まだ取り組むべき大小さまざまな追加課題は多く、実践しているエージェンシーも少数派。オフィス用ソーラーパネルの設置、電気自動車の充電設備、自転車通勤、サステナビリティの日(会議なしの日、プラスチックなしの日など)の義務化、ウェブサイトのエネルギー効率改善、二酸化炭素排出量の少ないウェブホストへの移行などが次の課題になるでしょう。毎月10万人しかアクセスしないウェブサイトでも、年間2トン以上の二酸化炭素を排出しています(ウェブサイト・カーボン調べ)。
サプライヤーとクライアントの関係にも、小規模ながら見直しが始まっています。不必要な出張をなくすバーチャルなピッチの実施(45%)、プレゼンテーションにおける印刷物の不使用(52%)、サステナビリティや業界の立場を理由にした提携の拒否(26%)などの実例もあります。サステナビリティの要件をクライアントに課すエージェンシーも少数ながら存在し、環境保護のディスカッションを経てプロジェクトの成果物にもサステナブルなソリューションを義務付けています。
次のステップ
世界のエージェンシー各社は、それぞれ独自にサステナビリティへの取り組みを検討しています。短期間で成果を上げ、時間や資源や投資が必要な項目を見極めている最中です。
難しい課題が山積みですが、この課題はチャンスでもあります。意欲的な目標を掲げ、新しいポリシーを実施し、無数の異なる方法で行動を起こしている同業者から学ぶのもよし。各社の経営陣は、成功事例と失敗事例を社内で見つめ直し、知識とベストプラクティスを共有しあうことで実際の行動を起こさなければなりません。
エージェンシー各社の経営陣は、今よりもはるかに多くのメッセージを発する必要があります。未解決の課題に対する気後れや恥ずかしさを乗り越え、サステナブルな話題を避けずに社内で話し合いましょう。「サステナビリティは会社にとって重要なことだから、みんなで動き出そう。目標達成に力を貸して欲しい」と訴えるのです。情熱を持って環境問題に取り組みたいスタッフはきっと身近にいます。
この課題はチャンスでもあります。意欲的な目標を掲げ、新しいポリシーを実施し、無数の異なる方法で行動を起こしている同業者から学ぶのもよし。
クライアントと約束した納期を守り、収益目標を達成することは各社に共通の目標。でもサステナビリティ戦略を遂行するには、これまでと別の方法も必要になります。まずは事業全体のサステナビリティ責任者を任命して、中核チームを立ち上げること。他のプロジェクトと同様に、予算、リソース配分、目標、期限などを定めるのです。自社の運営に不可欠な業務とすることで、取り組みは迅速に進むでしょう。
環境への負荷を削減するため、迅速に大きな違いを生み出せる具体策はあるのか。来年はどこから焦点を当てるべきなのか。私たちEat Creativeも、そんな模索を始めたばかりです。成功と失敗を分かちあい、同業者同士で学びあいながら課題を解決していきましょう。
【付録】
世界で化石燃料関連の企業と仕事をしているエージェンシー各社の情報はこちらから。
この記事はお役に立ちましたか?もしご関心を寄せて頂けたなら是非こちらから無料購読にご登録ください。これからも定期的に配信予定の当社マーケティング関連コンテンツをいち早くお届けします。